ある夏の日
「キスしたい」と猛烈にキスがしたくなったことがあった。
「山下にキスしたい」とメールをし、次に山下に会ったら、とにかくキスをする、と決めていたわたしだった。
「わたしは、キスをする。」
そう決めていたわたしは、パニックを起こして脱水気味で倒れていたある深夜、部屋に入ってきた山下が、わたしを寝かせようとしたり、息ができてるか確認したり、背中を抱いたりするのをどこ吹く風で知らん顔をし、
なんとしてでもキスをしようと身体を起こそうとした。
ところが、夕方から連絡がつかずに大パニックを起こしていた間、どうも本当に水分が足りていなかったらしく、ほとんど一睡もできずにふらふらで待っていたこともあり、身体を起こしても倒れてしまう。
起きても起きても身体に力が入らず、ベッドからずりおちてしまうけど、そういう状態の時は、声もまったく出せない(死ぬほど苦しい)。
(なぜこいつは、こんなに死にそうなのに繰り返し起きあがろうとしてるのか)
と山下は思ったに違いない。
「水飲むか?」
ようやくそう声がかかった私は
間髪入れずに
「ウン。」と力強くうなづいた。
(自分から何かを言うことはできないが、訊かれると答えられる仕組みになっている)
水が運ばれてきて、コップいっぱいをあっというまに飲み干して、二杯目が汲まれて、それも飲み干して、三杯目が汲まれたが、それは要らないと首を横に振った。
ベッドの上でようやく座れるようになったわたしは、コップを置いて戻ろうとする山下を、まるで獲物を狙うタヌキだかライオンだかのごとく待ち構えて、
部屋に舞い戻った分厚い上半身にガバッと抱きついて、キスをした。
獲物をとらえたわたしは、2度とその身体を離しははしまいという勢いで、キスをして、キスをして、キスをした。
身体を倒されても起き上がりキスをして、抱きかかえられてもキスをして、後ろにひっくり返されてもおきあがりこぼしのように起き上がりキスをして、
彼のくちびるや、首筋や、耳元や、腕や、全身にキスをした。
今日は、なにがなんでもわたしはキスをすると決めていた熱い想いが昇華されて、わたしは気が済むまでキスをしたことで安心して、そのあとスウっと眠りについたのだった。
お盆の帰省するあいだ長い道中の中でふと、
(ああ、そういやキスしたいと言っていたな。だからあんな奇怪な行動をしていたのか。)
山下はそう思ったかもしれない。
キスをすると決めたら、倒れてでも死にそうでも息してなくても
気を失ってでもしようと試みる、そんなわたしにいつもつきあってくれて、ありがとう。
「水飲むか?」
「ウン。キスがしたい。」
声がでないので、意識朦朧としながらこころの中でそう叫んでいたわたしであった。
雨が降ろうが、槍が降ろうが、キスをすると決めたらキスをする。
発達障害というおきあがりこぼし。