発達障害とセラピスト

xx君がいなかったら死んでたかもしれないと思った。

それくらい、
衝撃的なくらい自分を見失っているという言葉にハッとした。

なんだか頼りなかったと思い込んでいたMaiさんの方よっぽどしっかりしていて
頼りがいがあって、発達障害という言葉の偏見いっぱいの目で私は見てたんじゃないかととても恥ずかしい気持ちになった。

画面越しで見る自分のほうが、よっぽどしおしおにしおれたひどい有様だった。

私も同じだったらから(先にやってるから)という言葉にすら
実は引っ掛かりを感じてしまっていて、素直に受け止めれていなかった。
同じなどないし、後も先もないという気持ちがあった。

ただし、
Maiさんとxxxさんには私は直接口頭でも、それは嫌である。
ということを伝えれる唯一の人でもある。

xさんにはいうとややこしくなるので言えないという気持ちになるし
xxxxxには言わないより言う方がストレスになるということがわかった。

 

 

 

 

嫌なことを嫌だと言える相手って、すばらしいよね。

相手はきっと受け止めてくれると思わなければ言えないから。

 

しかし本当、この1年とか数ヶ月自分もまた死にかけていたときにみんなからいろんなコメントをいただいて、申し訳なかったと思うこともたくさんでした。

ほんとにキツいときに、セラピストなのに弱っちいって何だよ的な投稿があったときはもう、

まじでそれどころじゃない生死彷徨ってます_(꒪」)_

 

ってほんとうトドメを刺すかのようだったが・・・汗😂

 

 

でもそれって、ある意味「それくらいに頼りにしてたのに・・・」

と、唯一信頼して頼っていた場所が崩れたということでもあり、セラピストとして気丈に立っていて欲しいと思うのは、自分が支えてもらう上で期待して当然で。

 

自分も人間だから、というような言い訳をするつもりは毛頭ないけど、発達障害というレッテルへの日本の偏見と思い込み、そんなものに殺られかけた日々を経て

本当に理解し支えようと動いてくれているみんなのおかげで

だいぶ通常運行になってきた最近です。

 

 

あとね、わたしはよくセッションの中とかで

本当にキツい場面を乗り越えようとしているみんなに

 

私も同じだったから。

という言い方をすることがあるんだけど、それって、自分は先に終わってるとか、先に立ってるからという意味合いで使うことは一度もないんだよね。

 

ただ、ただ、その痛みや死ぬほど辛い時間を、誰よりもよく理解してるよ。わかるよ。

とただ言いたくて、自分が同じだったことを言うんだけど

結構、同じように、抵抗というか

上下とか優劣と誤解されることもしばしばあります。

 

(先にやってるから)

大丈夫、

ではなくて

 

だから、必ずどれほどに苦しい時間も

絶対に終わると約束するよ。

 

といつも真剣に伝えたくて。

 

 

発達障害は、本当に誤解されやすいです。わたしの場合は特に。

凸凹のデコだけを見ると、本当によくできるように見えるし、外見とか言葉の使い方とか色々だと思うけど。

 

わたしの場合はセラピストの部分がやっぱり長けてて、そこだけこうして抜き取るとちゃんとしてるように見えるよね。

 

それでボコの部分は人として本当に大丈夫なのってくらいに社会性が弱く、

本能的な生きる感覚みたいなのは、むしろたぶん普通より強くて、

それいがいの生活力というか、ゴミをどうやって出すかとか、10時と10時半を間違えるとか、_:(´`」∠):_郵便屋さんを玄関でずっと待っていて、電話かかってきてパニックになるとか、そういうやつ。

 

そこだけ切り取ると、リアルに

 

「いやまじでコイツ3歳児に何ができんの」

 

としか我ながら言いようがないんだけど、

発達障害って「障害」って言葉が厄介。

 

ただ、本当に、普通より格段に抜け落ちてるところと、普通より格段に出来るところが差があるということだから。

わたしは、その自分が持って生まれた長けているところをとにかく生かしたい。

そのために、頼りない部分をみんなにフォローしてもらいながら、感謝して

それを生かしてゆけたらとそう思いながら。

 

 

本当、誰がえらいとか、どっちが上でどっちが助けるとかそういう次元じゃないのだよね。

どんなに苦しい瞬間も、最高な瞬間も。

 

ただ必要なことを与え合う世界。

 

人として。セラピストとして。今日も。

 

 

 

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