今日の覚書

元々、本当のことを言うタチだった。

この仕事をするもっとずっと前から、本当のことしか言わなかったから、すごく嫌がられるか、またはすごく信頼されるかのふたつに分かれたと思う。

 

ここにきて、今日、腹がくくれるような瞬間が訪れて

そうだ、もしも自分がこの先

本当のことを、世界に迷いなく

伝えていかなければいけないのだとしたら、それは同時に、更に自分はこの先も

澄み続けていかなければいけないんだ。

そう思った時間だった。

 

 

何かを臆せずに、言葉に放つ時

少しでも混じり気のある感情や、エゴや、偽りや、恐れが入ると

それは自分に直接痛みとなって、跳ね返ってくる。

 

そもそも人(と言うか人のエゴ)は、本当のことを言われれば言われるほど、反発したくなるものだ。

 

そこを2015年からこれまでの間

わたしは地味に、コツコツ、どうしたらブレずにいられるかを

もうずっと、練習してきたのだと思う。

 

そして今やっと、

世界に本当のことを言っていく。

その自信ができた、というわけじゃないけど、何かが跳ねた時の、迷いや疑い、自信を無くしてきたこれまでとは少し違って

こう

自分が澄んでいる限り

 

見渡せる。

 

そう思ったのだった。

 

 

 

いつかセラピストを始めて

それまで自分のささやかな人生の記録として綴っていたところから

「人に何かを伝える」ことを始めた頃

わたしには、それが何なのか全く想像がつかなかった。

 

ただ、見えない存在に突き動かされるみたいにして、「何かを伝えないと」「伝えたいことが、なにかはわからないけどものすごくあって」

と、しどろもどろになりながらそう言ったのを思い出す。

 

そんなわたしを見て、当時人からは

「自分の伝えたいことが、よっぽど価値があると信じてるんですね」

とそう言われたんだけど、いや本当そういう次元じゃなくて、

おかしいならおかしいって言わなきゃ。

ていう

「本当のことをただ言う」に、なんの偽りもない心もちは

昔も今も、何も変わらないのだと思う。

 

 

いやマジで、

 

「大好きだからこそこのままじゃ絶対あかんと私は思うよ…」

 

そう言って、自分本位とは程遠い場所から

本当の愛のことを伝えようとしているユキちゃんが、今ものすごく苦しそうで

絶対にここを支えると誓った。

 

 

自分自身ですら、ズレたらすぐに軌道修正をかける。ユキちゃんにもキツいことをいつも課す。

 

ここの土台が本当にブレなくなったら、外へ出て行ける。

 

いつか私は自分の澱みがただ苦しかったから、澄んでいきたかった。

浄化し続けて、どこまでいけるのか見たかった。

 

でも今は

どんな何ものにも

太刀打ちできる強さがほしい。

わたしにとってのそれは、澄み切った心なんだと思う。

 

 

燃えるぜ。

 

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