慈悲

愛や、感謝や、豊かな感覚や

これまで本当に

まだこんな愛があるのか、まだこんな感謝の感覚があるのか、

まだその先があるのか、と脱帽するほどに

繰り返し

繰り返し味わいアップデートし続けてきた、この旅

 

 

その中でも本当に

もはや愛と呼びがたいほどの哀しみに満ちた、何かを慈しむ感覚を

あふれて止まらない涙とともに、味わい尽くした今日だった。

 

 

自分が、いつか感じていた不安や詰まりや怒りや恐怖

自分がいつか、感じていた、自分のことしか見えていない狭い視野

低い次元と言われても仕方ない、矛盾と自分の欲のこと

 

それを癒し、わたしたちは

自由になっていく

 

そして自由になればなるほど、同じように不安や矛盾を抱えている人への、哀れみや嫌悪感、怒りから

諦め

その諦めや切り捨てが、実は全く許せていないことへ気づいて

目の前で見せつけられたら

 

次は

 

それを許したり

受け入れたり

本当に認めていく、プロセス

 

それはいつか、過去も自分は同じだったはずなのに、まさにパラレルワールドのように階段を上がるたびに見えなくなってしまう世界

分断されていく世界で

 

それでも、元いた世界に戻るでもなく

ただ、尊重したり、認めていく

感謝を注いでいく

自分を癒すことなんて道の1割にも満たない。

果てしない道のりだ。

 

 

そしてその先の

言葉にならぬ、慈悲の感覚を

それは文字通り、悲しく、とても悲しく、誰かの痛みに共感する重たさや苦しさとはまったく違う

果てしなく遠くまで無限に広がっていく

愛と呼ぶには高すぎる、切ない、愛

 

 

いつか苦しくて

遥か彼方昔に自分がいたその場所の、悲しく漂う世界が

ただ苦しくて

 

もがき

なんとかできないか、自分には何ができるだろうと願ったけれど

 

ただ今日は、自分がなぜ、がんばらなければいけないかの理由を

なぜ、自分の全てを世界に差し出さなければいけないかの理由を

身体全体で感じるような日だった。

 

そのくらいに、自分の持っている愛や、感謝や、豊かさの感覚は

誰にとっても当たり前のことではないのだと

むしろほとんどのこの世界で生きている人たちは、不安や、恐れや、悲しみや、怒りを山ほど抱えて

そしてそのなかで、頑張っている。

 

 

世界を前に、これまで感じたことのないような涙が溢れて

意味がわからなくて

初めて戸惑ったのがいつかは、思い出せないけれど

今日は、

それが、何なのかがとても、よくわかった。

 

 

人は、底なしに優しくあれる。

 

誰かの痛みを、本当に理解したときに

何者にも慈愛を持つことが

できるんだと思う。

 

 

これまでの全ての経験と出会いに、感謝だ。

 

 

Compassionという香りがあって、それは慈愛/思いやりをテーマにして
すべてを受け入れて許し愛していうというテーマで作ってる。

結構チャレンジングな、高い課題を頑張っていくみんなを応援したい真面目な香り。

 

でもなんか今日のは、本当

それを越えるエネルギーだったな。

 

すっかり洗われた優しい日でした。

 

 

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