比較するよりススメ

映画や小説や歴史、ほかの誰かの人生のことを聞いて、その悲惨な状況に比べたら、自分などとても幸せなほうだ。

と自分がいかに恵まれているかを確認する、感謝する

みたいなことを時々聞くけど、

そういうのあんまり好きじゃない。

それって感謝なのか?って思う。

 

結局、誰かと自分を比べていかに自分は不幸なんだと惨めになることと同じことをしてるよなあと思うし、

自分の豊かさや恵まれているかどうかを、世界を見渡して、フィルターを通してじゃなく捉えることと

本当の感謝をもって生きることはとても大事だけど

自分が不幸か幸せかを確認するみたいに、それよりさらなる悲劇を自分から探すって、基準もへったくれもない。

歴史上で繰り返された惨劇も、映画や小説のなかの不幸な人生も、そういう勇気の持ち方を与えたくて、記録されているわけじゃないと思うから。

 

いま自分がいる場所を、本当の意味で把握していくのに

世界を知ることは大切だ。でもそれは、今現状に甘んじて、何もしなくていいということではない。

ふりこのように動いてズレる幅を見定めて

そうか、中心はここで、今ここで、

わたしはここに、向かってる

 

そんな風に淡々と、自分とは違う誰かの人生をも愛してほしい。

 

それは決して、

「わたしなんかに比べたらあなたの人生など相当マシよ」

と伝えてるわけじゃなくて

「わたしはこう生きた。じゃあ、あなたはどうする?」

 

そんな感じだと思うから。

 

どんなに混沌とした出来事や世界の中にも

向かう調和というものが、ある。

 

たとえば

あまりに悲しい心の持ち方に触れたときに、涙が止まらなくて、自分はなんて、幸せだったんだろうと

ひしひしと感じる時間のあと

「あんな風にならなくて、よかった。」おわり。

 

じゃなくて、じゃあ、自分はどう生きるべきだろうと問う時間に変える。

 

世界を見定めて、あれこれジャッジして、

あいつらつまんねえよな、とか

あいつら最低だな、とか

あいつらすげえな、とか

わたし、これでいいよね。

 

そう思ってる場合じゃないんだよね、いつなんどきも。

 

 

誰かの人生は、誰かのものであって

わたしたちには、誰一人全く同じじゃない、わたしたち唯一無二の

人生が与えられてる。

 

それを真剣に生きなくて、

何すんのよ?

鼻くそ?

 

 

こんな子供たちすら、まいにちぐんぐん成長してく。

刻々とそれが続く人生の上で、嬉しかったことも悲しかったことも

全力で感じながら体験してる

誰かと比べたり、立ち止まることなんてあり無いことを彼らは肌で知ってるんだ。

 

 

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