許せない何かを許すって、こういうこと

 

誰かや、なにかを許せないきもちって、

わたしが知っている限り

もっとも苦しい感情のひとつだと思う

 

強い怒りをともなうことも、ずきずき胸が痛むことも

どんなこともそうだけど

 

一番悲しくて辛いのってなにかっていうと、

「誰かや何かを許せないときの自分」

って、醜くて、そういう自分でいることが本当は苦しいんだとおもう。

 

ならば、さっさと許して手放して、ぜんぶ受け入れちゃえばって言いたいところだけれど、それができないのにはいろんな理由があると思うんだ。

 

自分が大切にしてること、傷つけられてきた自分、なにかを訴えたいきもち。

 

 

そんなのを越えて、最後

 

「なりたい自分」になるときは

 

許せたとか、上にあがったとか、達成したとかそんなんじゃなくて

もっととても、安心に満ちたもの。

 

ああ、また「誰かを、なにかを愛する自分」でいられるんだ

 

そういう安堵みたいなもの

 

 

なにかを許せない時は

怖くて、縮こまって、怯えてる自分がいるから

 

 
それが、ストンと抜けて
 
もう一度「安心にみちた」世界で
 
目の前にあるすべてが愛おしく
大好きとおもえる自分を取り戻してよかったと
 
みんながそう思えますように☺️

 

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