それでも逃げずに挑んでゆくから

まいさんの様に、はじめから、疑い無しに真摯に対応してくださる方は、今まで生きてきて殆ど出会ったことがない私です。
最近は人付き合いもあまりなかったので、その生きることに対する誠実に触れると、大げさなようですが、人生に暖かい陽射しや風が吹いてきたような感じがしています。

まいさんが何度かブログに書いていらした、人を信じることの怖さとか、私の場合は、逆に裏切ってしまう怖さとか、それでも逃げずに挑んでゆくから、ブレイクスルーできるのだなって、漸く光明を見出してる感じです。

“共通の友人”でFBでNさんが上がってきていて、まいさんの友達ページを拝見したのですが、皆さん「自分が自分であること」を楽しんで生きているエネルギーを感じました。
私もこれから、そんな方たちのように、自分の色を素直に自由に表現してゆきたいと思いました🙂

 

 

 

 

 

そういえば、わたしは「おきあがりこぼし」と呼ばれるくらい、失敗しては繰り返しいろんなことに挑むように見られて、それがこう、勇気を与えるみたいなことを

よく言われることがあるんだけど

 

すごい今回いろいろ、

「記憶」について思い返してみると、喉元過ぎれば熱さ忘れる

とか、寝たら忘れるとか、今聞いたこと忘れるとか(笑)

そういう感じで生きてるから、もしかしたら「果敢に生きることに向き合ってる」

みたいに見えるのかもしれないと思った次第です。

ハイ、ただ脳に記憶の障害があるらしくてですね、忘れるだけだったりして😅

 

 

みんなそうなのかなと思ってたんだけど、「あ、わたし明日の朝多分死んでるわ」と思うくらいの恐怖の夜を過ごしても、なんかすぐ忘れちゃう💦

 

それでも、そうやって人を信じては裏切られ(た感じがして)恐怖になり、それでもおそるおそる誰かを信じそしてまた傷つき、を何百回とやると、

こう、忘れるわけではないんだけど、「そういうもんか」みたいな

全部を包括した上で、受け入れたりそれでも愛したり、みたいな感じになるのかもしれません。

 

真摯に相手に向き合うことは、多分もともとの気質で、出来る限りやってきて、

も、

それに応えてもらえるかはまたまったく別なんですよね。

 

書いていただいたとおり、「自分が裏切ってしまう怖さ」や「最後まで愛し抜くことができるだろうか」と思う恐れみたいのって、きっとたくさんのひとが持っているとおもう。

「マイは、真摯だね」とそう言って長い間愛してくれた相手に、わたしは途中で手を離されて、泣き暮らしたのはこの春のことだし。

 

それでも失敗し、途中で挫折もし、誰かを傷つけ、そして傷つき、

それでいいと思います。

 

「あ、わたし、裏切ったのに。

このひとまだ、私を大切にしてくれてる。」涙。

 

本当に、それで、愛することをわたしたちは肌で学ぶとそう思うから。

 

 

いつも温かくて中心に命が脈々と波打つようなメッセージ

本当にありがとうございます☺️

幸せです。

 

 

 

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