誕生日はいつも地獄-記録③

3・1・17

Ultimate Fort(絶望要塞)記事一覧

誕生日はいつも地獄 記録①
誕生日はいつも地獄 記録②

 

 

嵐の去った後、そのまま目を閉じたまま迎えのギリギリまでただ何も考えずに過ごした。
ただもう何も考えられなかった。
考えるもなにも、何かを感じる余力すらわたしには残されてはいなかった。

 

何かを感じ切ったあとの、世界が優しく切り替わる瞬間は来なかった。
真っくらのまま、自動的に目的地に向かい、いつものように息子を迎えて、
彼は酷い顔をした母親をいつものように優しく笑って、出迎えた。

 

「今日も元気一杯でした」という先生と、息子の存在は
わたしが過ごしている世界と完全に分断されているように思えた。

一緒に過ごしていて、毎日その温もりに触れているのに、刑務所の中から外の風景を眺めているか、
または限りある余命をもてあますホスピスの中で、ハッピーエンドの恋愛映画を見ているようなそんな感覚。

そんな世界があるんだなあと、それはわたしをいつでも温かい気持ちにさせた。

わたしが絶望の淵を一ヶ月以上漂っている間、部屋が散らかっていても、
ご飯が用意されなくても、お風呂に入れなくても、服を着替えさせなくても、
彼はずっと笑っていてくれて、

そして数日前に、「ママ、だいすき」と言えるようになっていた。

 

わたしの身体をしっかり抱いて、耳元で「まま、だいすき」と何度も言ってくれる。

わたしが枯らし切った愛情を一生懸命湧かせようとするみたいに。

わたしはこれまでも、ずっと彼に支えてもらっていたし、
生まれる前からそれは変わらなかったけれど、物理的にしゃべるようになってきて、
そして人間らしい体つきになってきて、意識の上だけでなく現実的に「慰める」ことができるようになっていた。

わたしが泣いているときに、「まま、泣いちゃだめよ」と頭を撫でてくれた。

「まま、だいじょうぶよ」と頭を撫でてくれた。

それは、不安な顔で私が悲しむのを止めようとするような心配ではなく、
もっと温かい芯のある強さのようなものであった。

彼がしっかりとした口調で、「まま、だいじょうぶよ」と言うと、
わたしはますます泣き崩れて、「ありがとう」と彼に言った。

 

わたしの膝にのって、抱っこしてほしかった彼は、もういなかった。
わたしの膝まできて、泣いている母親を強く抱いて、

「まま、だいすき」と言ったあとに

「まま、ごめんね」と彼は何度も繰り返した。

 

そのごめんねは、所謂「おかあさんを幸せにできない僕」に対する罪の意識とは少し違った。

英語でいうところの”I’m sorry “にすごくよく似ているなあと思った。
英語では、不幸に見舞われた相手に対して”I’m sorry “と言う。
「ごめんなさい」と自分の非を謝るsorryと、「わたしも悲しく感じるわ」と言いたい時のsorry の二つは、意味が異なる。

 

息子が「まま、ごめんね」と何度もいった時、わたしはありがたかった。

彼の中に罪の意識が芽生えているわけでないことに対するホッとする感覚に涙がでた。

そして、誰かを慰める方法など一度も教えたことはないのに、
気付いたら彼の腕のなかで甘えて安らいでいる自分と彼は、恋人同士のようであった。

 

わたしは息子に身を委ねることに決めて、母親から、守ってもらうひとりの女性に変わることにした。

わたしが、恋人のことが大好きだったこと、大好きだけど、もう逢えないこと、
逢いたいけど、彼はもうママに逢いたくないことを小さな恋人に伝えた。

 

彼は、事情をよく知っていて、わたしに、「○○ーしゃんまま、だいすきだけど、もうあえないね」

「まま、○○しゃん、だいすき」「もうあえないね」と言った。

 

わたしは涙が溢れて、「うん。悲しいよ。すごく悲しい。だいすきだから」と言った。

彼はもう、わたしに負けないくらいの腕力も力もあって、わたしの細い身体をぎゅうっと抱きしめながら、

「まま、ごめんね」と何回も言った。

わたしは、

恋人がわたしに、「ごめんね」と謝っているんだと錯覚した。

 

 

 

長い長い地獄の誕生日が終わって、わたしは絶望しつくして、
まだ何度も涙は出ても次第に、

これ以上どうにもならないし、残ったのは現実だけだと

少しづつ理解ができた。

 

 

昨年20人くらいに囲まれて大きなケーキでお祝いしてもらって帰って、
家がプレゼントや花で埋め尽くされた誕生日とは違い、

昨日一人のスタッフと一人のクライアントさんからひっそりとプレゼントが送られてきただけだった。

それはありがたくて嬉しかったが、殺伐とした風景は殺伐としたままで、
たくさんの知らないひとからのメッセージにわたしは埋もれていて、

親しい友人も、祝ってくれる恋人も、

 

わたしにはもういないんだということだけはわかった。

信じるを見失い、愛するがわからなくなり、

 

いつか数人はいた友人も、いまはもう一人もいなかった。

 

 

 

虚ろな時間だけが過ぎて、

私はなぜ、自分が産まれた日をここまで惨めな経験として
絶望するために使いたくて、

なぜ、その記憶を塗り替えるのではなく
繰り返し更新し続けたいのだろうか?

とぼんやり思いつづけた。

 

 

 

 
そもそも誕生自体が地獄だった件①

 

そもそも誕生自体が地獄だった件②
そもそも誕生自体が地獄だった件③

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