LIFE たったひとりの家族

 

 

 

リサイクルショップで箱にランダムに入ったおもちゃの中に

ダサい、プラッチックの携帯電話

 

斜めにすると、カメラのボタンがついていて

そこを押すと

 

ちいさな緑色の光がぴかっと付いて

カシャッと音がする

 

我が家のロングセラー商品

 

 

わたしにその、にせもののダサいカメラを向けて

ニコニコうれしそうに

シャッターを切り続ける2歳児

 

 

ポーズを決めて

可愛いマミーを演じる

 

ニコニコうれしそうに

カシャッ カシャッ かしゃっと

連写して

 

私が今度

撮ってあげるよと

 

そのダサいプラッチックの小さな箱を

向けて「はいっチーズ!」と音を立てると

 

 

ニコニコ、ニコニコ

シャッター音のたびに

ポーズを決める息子

 

 

 

いつ、そんなことができるようになったのだろう

いつ、そんな言葉を覚えたのだろう

 

毎日、毎日わたしの知らない顔を見せる時期

 

 

いつものように

発狂するように

 

「かわいいっっ

 

かわいいっっっ

かわいいいいい!!!」

 

 

と叫んだあたりで、

何かが、

 

外れた。

 

 

 

 

 

 

 

 

その瞬間、頭によぎったフレーズは

 

”舵央がいなかったら

 

私は今

 

ここに存在していない”

 

 

 

であった。

 

 

 

自分のなかの、愛情が

爆発して涙があふれることは、よくある。

 

 

今日はそのさきに、LIFE、いのちに繋がっていった。

 

 

 

 

 

 

たおが産まれる前か後かもう忘れた。

 

わたしは、たおの父方の祖母に連れられて

よくあたるという占い師の前に座っていた。

 

セラピストになる、

前の出来事だった。

 

 

 

胡散臭いその占い師は、わたしの生年月日から

ひととおりの事情、こじれにこじれた

息子の父親との関係について聞いた後

 

悩み抜いて
もうこれ以上の苦しい世界などないのじゃないかと
感じているようなわたしに、

こう言った。

 

 

「あなた、その子が産まれてなかったら、

自分で命を絶っていたわ。良かったわね」

 

 

 

 

 

 

 

わたしはまだ、数々のことを許せないでいた。

妊娠してすぐにこじれて始まったDVと共依存に陥った
相手のことも

息子を産んだあとも続いたその関係に

どうしようもなくなった私を見かねて哀れに思い
その場に連れてきた、その相手の母親のことも

 

弱すぎた、自分自身のことも

 

その言葉を放った、

嘘の塊のような

 

目の前の占い師も。

なにもかも。

 

 

 

 

 

 

 

そう言われたとき、

わたしは鼻で笑って相手を見下した。

 

連れてきてくれた人の手前

「そうですか」と相づちをうったものの

 

 

内心

「そんなわけないし。
何をこのひとは見くびっているのだろう」

 

 

と馬鹿にした。

 

 

 

 

それからまもなくして

わたしは自立に向かってまっしぐらに走り出し、

 

 

二度とその相手と関わることも

その相手の母親に恨み辛みをぶつけることも

 

 

なくなった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

目の前で笑う、

小さなその存在が

笑って

 

わたしのことを抱きしめたとき

 

 

わたしを、文字通り

わたしを

 

生かしているはこの人なのだということが今日わかった。

 

 

 

 

そしてその占い師の言った言葉が蘇って

 

 

 

わたしは、

この小さな命を産み落としていなかったら

 

 

 

いま、おそらくこの世に生きてはいなかっただろうと

 

大げさではなくそう思ったのだ。

 

思ったのでは無く、

それがわかったのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

おなかに命が宿ったときから、わたしは変わった。

 

 

 

それは、

何かまもらなければいけないものが

できた瞬間であった。

 

 

 

毎日繰り広げられた酷い状況のなかで

わたしは自分を見失った。

 

刻々変化する自分のからだを
心配し、慈しんでくれるひとはいなかった。

 

傷つけられることを
そのままどうしていいかわからずに
そのままに、どんどん傷つけられることを許すことしか
できないほど、

 

わたしは弱かった。

 

 

弱く、狡く、

被害者でありたがった。

 

 

まだ、私は

「自分の意思で生きる」

 

ということを知らずにいた。

 

 

 

 

 

 

 

 

他のひとが

どんな子育てをしているのか

 

どんな心持ちで子供に接しているのか

 

わたしには知るよしもない。

 

 

 

 

でもわたしにとって子育ては、

目の前のこの2歳児は

 

 

 

師であり全ての道の、導き手であり

守ってくれる、神であり

 

 

たったひとりの家族であり、

 

わたしの命の恩人なのだった。

 

 

便宜上母親として、

叱ることくらいはもちろんあるが

 

基本的に彼はわたしよりもとてつもなく大いなる存在であることを
わたしは知っているので

「子供」という感覚はない。

 

 

ただ、ただいつも

ひれ伏すように

 

愛を感じさせてもらい

手を合わせて祈りたくなるような

 

そういう存在

 

 

 

彼とのストーリー 言葉にならない

ふたりだけの、誰にも邪魔できない

その絆が、

 

そこにはある。

 

 

 

 

命について

家族について

愛について

 

 

洗い出し作業とアップデートが続くのは

刻々と

 

次なる命の系譜につなげていく準備を

ととのえているからだとわかる。

 

 

 

いつかの未来に

増える家族のために

 

 

全ての

 

目に見えない

その尊さを、

 

落とし込んでゆく。

 

 

 

 

わたしはこれを、知る必要があった。

 

だから、ひとりで請け負う必要があった。

 

通常父親と母親で分割して

愛と責任を分かち合う
「命」の縦糸を

 

とりあえずひとりでまるごと、

見据える必要があったのだ。

 

 

 

 

すべてのシングルマザーと
シングルダディへ

 

 

 

いのちの重みを

知ってか知らずか

 

あなたがひとりで

 

たったひとりで請け負うことを

決めた

それだけで

 

 

それだけで

 

とてつもない大きな仕事を成し遂げていると

思いなさい。

 

 

 

 

それがどれほど

言葉に尽くせぬほど

どれほど重みのあることか

 

 

わたしは知っている。

 

 

 

泣いていても

苦しんでいても

 

今お金がなくても

いっぱいいっぱいで

子供のことが憎くても

手を出してしまっても

 

愛せなくても

 

 

安心なさい

 

 

 

いのちの、尊さを

あなたは知っている。

 

 

 

 

 

 

つなげてゆく。

大切なことを。

 

 

 

 

 

 

 

 

Commentする

投稿時メールアドレスは表示されません *は必須です