創り失敗するよろこび

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10年近くぶりに、日本語でヨガのクラスを受けた。緊張した。

 

 

 

かなり風通しがよくなってます。

 

扉を開けたからです。

 

エネルギーは循環していくので、

自分のところで止めると、

何をいくらどう呼び込もうとしても
うまくはいきません。

 

わたしのばあいは色々でしたが

 

たとえば失敗したら恥ずかしいから
こっそりひとりでやろうとしていたり

自分のことなのだから自分でやらなければと

思い込んでいたり

ひとと関わって自分を見失うのがこわい

とか また大事なひとを失ったら耐えられない

とか

 

 

いろいろですね

 

一個づつ、判断を手放し、

恐れを手放し、うぬぼれを手放し、

優劣を手放し、

そのタイミングでコンセプトが出来上がり

 

小さな箱の中でぐるぐるぐるぐる
していたのにもう限界がきて

 

 

おそるおそる扉を開けると

 

そこには
わたしに何かしたい、与えたいひとたちがたくさん

いまか、いまかと待っていた、

みたいな。

 

 

 

 

 

「自分だけが正しい」と思っているときは

他のひとの意見は必要ないですから

 

どれだけ指針が欲しい、仲間が欲しいと
思っていても

ひとりは心細い

表面上では感じていても

 

周りは手を差し伸べる機会を逃します

 

 

わたしは特に昔からそれが苦手だったので

いまも練習中。

 

わからないことを、聞く練習。

 

「わからないことを聞く」って、

じつはとても難しくて、できないひとは多いと思います

 

わからないこと自体が恥ずかしいし、

それを聞くっていうことは

自ら恥をかきにいくようなものだからね。

 

だから、知らないまま、
間違えたまま、やろうとして

結局失敗する。

 

 

 

でもわたしはやっと、そこに気付けて

自分ひとりでやってみることは

もちろん誰かに頼り切るまえに

とても大切なことだけど

 

でも

「これがわからないので教えてください」

と聞くと、

 

こんなにも世界は優しいんだっていうほど

ひとびとが手を差し伸べてくれる。

 

 

あたらしいやりかたを、

目標とか夢に向かって取り入れはじめることができて

ほっとしています

 

 


わたしは料理をするとき

基本的にレシピを見ません。

 

食べたものとか、

こんな感じの味を再現したいと
まず、色々やってみるのです。

 

そうすると、とてもうまくいく場合もあるし、
失敗する場合もある。

 

そしてなんとなく、
自分のレシピが形になってきたあとで、

世に出ている教科書を開くのです。

 

ゼロから自分が

「こうじゃないかな、もしかすると。」

と体感しているものを
実際に体系化されたもので

 

後で確認するのは、

この上なく楽しいです。

 

「やっぱりそうだったか!!」

と大興奮のもと、

創造する喜びとともに
誇りに変わり、

確かな
自信になる。

 

 

 

もうひとつは、このやりかたは、

どんなことでも確実に、

自分のものになります。

 

 

絶対に自分のなかからなくなりません。

 

 

 

これは、一見遠回りに見えるし、

時間もかかるけれど

 

わたしの生きかたそのもの、

そんな感じです。

 

 

 

誰かの作ったレシピを素直に

しっかりと真似して味を再現すると、

とにかく速いし
美味しいものは素早く出来上がります。

 

 

でもそうすると、

応用が利かないのです。

 

大根の代わりに人参があるけど、

ってなった時に

 

どうしようもできません。

 

 

 

1から何かを築くということは、

 

 

大根だろうが人参だろうが

どんどんどんどん美味しいものを作る

クリエイティブな力を最初から
育てるということ。

 

 

わたしはそれを、

生きる力、生命力そのものだと考えます。

 

 

レシピのストックは楽しいですが、
バリエーションを広げるために

 

レシピをたくさん見て作るよりも、

色々実験してみて、作ってみて、

失敗してみて、

 

なんでだろう、おかしいなって

実際に思ってから

 

本を広げるほうが

次に絶対同じ間違いは犯さなくなるものです。

 

 

 

なんていうか今わたしがやっている

「わからないことを聞く」は、

 

作りたいけど食べたことのない料理を

レシピが世の中にない料理を

 

 

この野菜はどこに売ってるんですかと

人に聞きまわったり

食べたことのあるひとに、どんな味か聞いてみたり

 

せっかく美味しい素材を手にしたのに
扱い方がわからずに台無しにしてしまうのを

「どうやって皮をむけばいいか」

教えてもらったり

 

 

そんな感じ。

 

 

知らないまま、
間違えたまま、やろうとして

結局失敗する前に、

 

「自分の答え」=「これが作りたい」=「欲しいもの」

はしっかりと軸に置きながら

 

そのために何が、どんな下ごしらえが
必要かを
聞くのですね。

 

 

ひとに依存してしまうパターンの裏には
上の

「自分の答え」=「これが作りたい」=「欲しいもの」

ここ自体を人に委ねてしまう場合があります。

 

 

これだと周りにどれだけ聞いても
意味はないので「自分に立ち返る」しか方法はありません。

 

自分でやるところ
ひとに頼るところ

ここは間違えてはいけない。

 

⇧(それすらもわからなかった私は、
そこから教えてくださいと聞いたけど。)

 

 

 

 

やりかたは色々で

実際に行動するまえに

100冊本を読むひともいるでしょう。

 

しっかりと知識にして、それに基づいて動いて
無駄なくこなしていく人。

 

そういう人は、レシピ本に沿って
正確にスケールして料理をしていけばいいのです

 

 

 

そして

わたしはたぶん、

みたこともないハーブの匂いとか
やりかたを間違えて無駄にしてしまった材料とか

そんなものと格闘しながら

 

料理するのが大好きで

 

 

これと、これが

合うかな?

 

と試してみるのが大好きで

 

 

レシピ通りに作ったことが

まずほとんどないという

 

そんな料理のやりかたで、

人生を歩んでいます

 

 

 

 

アクアエスリスのこれからが、

楽しみだな。

 

 

 

 

わからないことを丁寧に教えてくれる

 

みなさまいつも

本当にありがとうございます。

 

 

 

 

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