何セラピーでもよろしい

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20代の頃から、

ありとあらゆる「癒す」方法に触れた。

 

小さなころから自分が存在している意味がないと
思いながら

希望のない世界に生きていたわたしは、

 

 

とにかく「わたし」を

なんとか、とにかくすくい上げないことには

 

本当にどうにもならなかったからだ。

 

 

 

 

エネルギーワークから筋肉反射のセラピー、
薬の処方されるような病院の精神科医から
スピリチュアルに食事療法、
ヒーリングのツールを使用するセラピーから
呼吸で深い催眠状態に落ちる方法、
長期に渡り「話」をするだけのカウンセリング。

 

 

 

片っ端から試した。

 

 

 

 

 

 

現実的に

 

「癒す存在」としてセラピストを生業に選んでから

現実的に資格として最初にとったのは、

 

たまたまヒプノセラピー(催眠療法)だったが

今回の断捨離祭りで

 

ヒプノのセッション用に使っていたリクライニングチェアも

片付けることにした。

 

 

 

 

 

 

ヒプノセラピストの資格をとるために

何度も何度も小さな頃の記憶にアクセスし、
何度も何度も前世の記憶にアクセスし、

毎回毎回大量の気づきと癒しは起こった。

 

 

そこでわたしが

どんどん自分に還っていったのは言うまでもない。

 

 

 

それでもわたしが、

「ヒプノセラピスト」として生きていくのではなく

ほかのどんなツールを使ってやっていくのではなく

 

 

「松永まい」として今のやり方に落ち着いてきたのは、

 

 

 

結局ヒプノセラピーのセッションを10回受けても

今まで受けたヒーリングのセッションを10回受けても

 

 

 

結局、「自分と向き合って浄化してゆく」プロセスは

そのあとも一生続くことを

悟ったからだと思う。

 

 

 

 

別に、死ぬまでその一つのセラピーを

せっせとセラピストの元に通って受けたっていいとは思うが、

 

 

わたしは、

 

クライアントさんから

「マイさんが必要なくなるときまで」

 

と言ってもらえると、

 

 

 

「ああ、存在していてよかった」

 

と心のそこから思う。

 

 

わたしなんて、

明日死ぬかもしれないよ。

 

 

 

 

 

そしてそういう私の想いを汲み取ってくれる人に

泉を訪れてほしいと、

 

 

いつだってそう思っている。

 

 

 

 

前にも何度も書いているとおり
導く存在はずっと必要であると

わたし自身も思っている。

 

 

わたしにとってもそういう人はいるし、
上手に利用していけばいい。

 

 

公的な機関にいけば「無料の悩み相談」できる
訓練された人はいるであろうし、

 

もちろん、そのひとが1時間いくらだから
そのひとの価値が決まるわけではない。

 

 

 

 

それでも、

「松永まい」を自分のセラピストにしたい、

 

「お金を払ってでも、マイさんに話をすると自分に還れる」

 

と続けてセッションを受けてくださる方がいると、

 

ああ本当に自分のちっぽけなエゴで
落ち込んでいる場合ではない

 

と思うようになった。

(もちろん落ち込むことはたくさんあるけど)

 

 

 

 

 

 

たくさんのことを学ぶことの利点は、
そこから「最大公約数」を見出すことにあるとわたしは思う。

 

 

たくさんの知識を身につけたり、
ツールは確かに多ければ多いほど役にたつこともあるが

 

たとえばわたしが沢山のセラピーとか
ヒーリングの方法を実際に試して掴んだことは

 

 

ざっくりとした

「人間の輪郭」のようなものだったり

「潜在意識」のおおまかな仕組みであったり

「根本的にはどれも同じ」ということであったり

 

 

間違っても

 

「こういうケースはこういう対処をする」

 

という明確な指針を増やすためではない。

 

 

 

 

自分のしている作業は、
知識や技術を駆使するものではなく
ほとんど「感覚的」なものだと思う。

 

 

 
ひとつひとつの方法論を順に自分のなかに取り込んだあとは、

しっかりと噛み砕いて一度完全に形がなくなるまで消化して、

そして自分の色にしっかり溶け込ませたのち

自分のなかに生きている要素としてきちんと吐き出す。

 

 

ただその繰り返し。

 

 

 

じゃあヒプノで得た知識や技術は

いまセッションで生かされていないのか?といえば、

全然そんなことはない。

 

 

 

 

一通りのスクリプトや流れが頭に入っているからこそ、
カウンセリング時にクライアントさんが「深い感情」に入っていったときに

確実なタイミングで
ぐっと奥まで沈めることができるし、

 

 

何ならセッションが始まる前、

わたしの顔をみた瞬間に既に涙を滲ませているのは

そこで私の存在自体が

「催眠状態」を誘発しているに他ならない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

ヒプノのセッションで
自分が母親の体から外に出たときの記憶について

 

そういえばふと思い出して

 

 

それを書こうと思ったのだけど、
もともと「ヒプノセラピスト」だったということについて
前置きしようとしたら、

 

話が逸れた。また書こう。

 

 

 

 

 

 

これからセラピストとして、
カウンセラーとして生きていきたいと

うっすらでも思うひとがいたら、

 

「でも一体何の資格から?」と思ってるひとがいたら、

 

 

何でもいいよー

 

と私は言いたい。

 

 

 

資格なんかなくても、
興味のある「セラピスト」のブログを読み込んで
セミナーに行って

「自分の人生が好転」したなら、

それだけであなたはもう

「セラピスト」として自分の経験をシェアできる。

 

 

 

 

 

私はたまたまヒプノセラピーだったけれど、
それじゃなくて「カラーセラピー」から入ってたとしても

 

結局最後は

 

「松永まい」になっていたと思うから。

 

 

 

 

あなたは、

あなたを創り上げる作業に没頭してください。

 

 

 

 

 

 

 

 

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