終わらせる覚悟が、始まり⑥

 

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わたしは、ハッと我に帰って、

恐怖を感じました。

 

そりゃそうです。

 

夜中に、わけもわからない出来事が起こったのち、
「男の器は女次第♪」という記事を
全身で握りしめ、

 

真っ暗な部屋でブランケットに包まって

放心状態でいるところに、

 

玄関でガサガサっという音がしたら、

 

 

とりあえずまずは恐怖です。

 

 

そして、なんとも言えないサスペンス劇場に
巻き込まれぬように怯えながらも
すっくと立ち上がりました。

 

 

リビングのドアまで駆け寄り、

ゾワゾワしながらそこを開けたと同時に、

 

そこには、そのドアを開けようとした

 

山下が立っていました。

 

 

 

彼の息は切れていて、

見たこともない表情をしていました。

 

 

 

山下は、今まで決して取り乱すことがありませんでした。

 

ここまでお読みいただきわかるとおり、

山下は「自分をクールに保つ」生き物でした。

 

無理しているわけでもなく、
感情的にならず、抑圧して着つづけている
その鎧は頑丈で、もはや山下の皮膚の一部になっていました。

 

 

いい年で、山ほどの女と付き合ってきて、
しくじりいつまでたっても本当の幸せを掴めなかった男

表面的に女を口説くことは、得意中の得意でしたが、

感情を表現することは、

とにかく最低点を更新し続ける男でした

 

 

時々、カウンセリングの中で
彼の琴線に触れたとき、ぐぐぐぐ、と
痛みを感じたり、涙を流したりしていた山下

 

それでも山下は、格好よかったのです。

どんなに疲れていても、
どんなに鬱々としていても、

涙を流しても、

山下は格好よかったのです。

 

 

 

それが、

その夜山下に何が起こったのか

戻ってきて
そのドアの前に立ちすくんで言葉を失っている山下は、

 

見違えるほどの格好悪さでした。

 

 

 

 

わたしは、引き続き混乱するばかりでしたから、
そのおかしな様子の彼に、

 

なにを言ったのか、もうよく覚えていません。

 

頭からブランケットを被ったままの
真っ暗な部屋で泣きはらした顔のわたしと、

生き霊かと思うようなおぞましい様子の山下。

 

 

わたしは、とりあえず、

 

「な、な、 なに? 今度は、なに??」

 

とオエオエしながら聞きました。

わたしの顔は、酷かったと思います。

 

怒りと、憤りと、悲しみと、行き場のない
ありとあらゆる感情に加えて、終わったはずが

なぜかここに姿を現した山下に対し、
ただ、ただ動揺しました。

 

 

彼の形相を見て、
怒りのあまりに逆襲のため
わたしをナイフで刺しに戻ってきたのかと思いました。

 

 

その二人の間に流れる空気は、

ロマンチックからは程遠いものでした。

 

ただただそこには奇妙な空気が漂っていました。

 

 

そして、山下は、いつもの流暢な軽々しい雄弁さとは
かけ離れたようすで、どもりながら言うのです。

 

 

 

「一回帰ったんだけど、そのあと、気づいたら戻ってた。
おれ、ほんとに、言ってることとやってることがむちゃくちゃで、

自分でもなにが言いたいのかわからなくて」

 

「でも、まいのことが、好きで、ほんとに情けないけど、
好きで、ずっと一緒にいたくて」

 

「帰るときに、あ、終わったんだって思ったんだけど、

 

おれ、それで、今までの人生みたいに、それで、同じようにまいのことも終わらせたら、そしたら、

絶対後悔するって思って」

 

 

「まいに、いろんなこと教わってきたのに、
なにひとつできてなくて、

でも、とにかく、絶対後悔するって思って」

 

 

「絶対手放したくないって思って」

 

 

 

 

こんなにださい山下は、

見たことがありませんでした。

 

 

なにを言っているのか、
なにが言いたいのか、

 

そもそもお前はなにしに戻ってきたのか。

 

 

わたしは

ボロボロ泣きじゃくりながら、言いました。

 

 

「そんなこと言ったって、山下はなにもしないじゃん。
わたしがどれだけまっすぐぶつかったって、
なにもしないじゃん。

わたしは、待ってた。
いつも待ってたよ。

最初から、そう言ってた。

 

もう、待てない」

 

 

山下は、

 

「ほんとにその通りだとわかってる

でももう、

 

これ以上、後悔したくないんだ

マイが好きだから」

 

 

 

わたしは、山下に、

 

最初に玄関で言った日と同じように、

 

 

「抱きしめて」

 

と言いました。

 

山下は、そのときに

おそるおそる恐々わたしを抱きしめたときと違って、

 

わたしのことを、

 

その腕で、

思い切り強く抱きしめました。

 

 

わたしは、さっき枯れたはずの
涙がまた止まらなくなって、

 

 

「もっとぎゅっと抱きしめて!」

 

と言いました。

 

 

彼は、ありったけの力を込めて、

 

わたしの細い体を、
壊れるんじゃないかというくらい強く、

抱きしめました。

 

 

 

 

山下は、それまで、

一度も、わたしに対してそんな風に想いを告げることは

一度たりともありませんでした。

 

彼にとって、わたしは、

英会話の先生であり、セラピストだったのです。

 

 

わたしのことを「好き」だと言ったのは、

「思考」を通ってでてきた言葉でしたから、

 

それがほんとうの「好き」でないことも知っていました。

 

 

「あんたは一生そうやって、
自分の最も大事なものを
手の隙間から
こぼし続けて
生きていくんだよ。

 

 

ほんとうに大事なものを、自分の手で
掴みとることをせずに、

大事なもの以外に囲まれて、
一生生きていけばいいんだ」

 

 

わたしは、そんな人生
死んでもゴメンだけどね。

 

 

いつか、山下が
「わたしのことが大事だと思っている」ことを告げたとき、

その「大事だとおもっているもの」を
「大事にできていない」ことについて

わたしはその矛盾に満ちた言動に、

はっきりそう言い放ちました。

 

 

 

 

でもその夜、息を切らしてUターンをして
戻ってきて、

 

チャイムも鳴らさずに上がり込んできて、

 

そしてダサくてもなんでもいいから

 

 

「後悔したくないんだ」

 

 

と発した声は、

 

はじめての、山下の、

 

肚からの、魂からの声でした

 

 

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