迷えるマミーたち③

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メニューに関していえば、わたしはレシピというものを見ません。

お菓子作りで参考にしたりベースの知識としてはあるかもしれませんが、とくに毎日の料理で本を開くとか、計量するとか、いままで数えておそらく一度もそんなことはしたことはないように思います。

そもそも、そんなことをしていたらますますめんどくさい一辺倒でしょうし、本当に好きなひとは、丁寧に計量カップを使って計り、レシピに書かれている珍しい調味料をインターネットでオーダーしてやればいいんです。

 

でも、それが料理じゃないですよ。わたしの中では。

それは、わたしにとっての「食べる=生きる」ではなく、おそらく「趣味」の域です。

だから、メニューを決めるときも、

 

昼の残りのスープがあるから、冷蔵庫にあるこの野菜とこの野菜を炒めて、そうすると◯◯味と△△味だから、もう1個は□□味。

1個がスープで1個は炒めものだから、残りはスチームにしよう

明日出かける用事があるから、持っていきやすいメニューを多めに作ろう

 

パズルのピースを組み合わせる感覚ですね。
新しいキャンバスに一から何かを創造するのではなく、連想ゲームのようでもあります。

 

なんでもいいから一品、って言われると戸惑いますが、
味噌汁があるけど、主食はどうしようと言われれば、パンよりご飯、って自動的に決まりますよね。
なんでもいいから野菜、って言われても困りますが、
冷蔵庫に「なす」と「玉ねぎ」があったら、とりあえず「なす」と「玉ねぎ」で展開できそうなものを思い浮かべます。

 

なす&たまねぎ
↓        ↓     ↓     ↓
洋風       和風    インド   その他
↓  ↓    ↓    ↓
オリーブオイル トマト しょうゆ みそ

みたいな。

 

こんな感じで、点をいくつも新しく並べるのではなく、

もともとある点と、すこし先に見えている点を「つなぐ」作業なんです。

 

 

 

 

お話会の主催を申し出てくれた友人から、

「簡単にできるレシピ」のリクエストがあったよー。と言われて、まったくピンとこなかったことを伝えました。

その後しばらくして、なぜ「レシピ」「料理教室」に自分のなかにあるものが響かないのか理由がわかりました。

 

しつこいほど「食べること」は「生きること」ですと言ってますが、
「食べる」ための「料理」は、わたしにとって「連続性」そのものだったんです。

これはかねてから感じていたことですが、料理は、

毎日の生活に深くふかく根付いているものです。

なので、たとえばわかりやすい例でいうと、

「彼氏の家にいって、その日だけ夕飯を作ってあげる」
これが、連続性のない「料理」です。

 

愛のこもった料理はさぞかし二人の関係を深めるかもしれないでしょうが、なにもない彼氏の家のキッチンで、食材もないからと近所のイオンに手をつないで買いに行き、切れない使い慣れない安包丁を使って、微妙に使いづらいサイズの鍋で一から作る。

これはわたしにとってはかなりの拷問です。

 

自分の作ったごはんを食べてほしいのに、

そして、料理、好きで楽しいはずなのに、しかも大好きな彼のためのはずなのに、

なぜにこんなにもストレス???

と当時自ら経験した結果、
料理は、「点」じゃないんだ、わたしの生活のなかに、連続した「線」として成り立っている。

という結論に至ったことがありました。

 

連続性の上に成り立っていない料理。手に馴染んだ道具のない場所。

そんな場所で、さて何かを作れと言われたって、
それはめんどくさいに決まっています。

 

そして、その「連続性」は、

わたしが「料理教室」「レシピ」になぜここまで違和感を感じているかにつながっています。

 

たとえばわたしが、ひとつのレシピでサラダを紹介したとしましょう。

そのなかで、作り方や、「コツ」笑や、ちょっとした豆知識など、
おそらく自分の知っていることを伝えることはできるかと思います。

でも、実際のところ、その「サラダ」を、家で再現する可能性は、

どのくらいあるのでしょうか?

家に帰って、いざ作ろうと意気込んでみたものの、

 

「あ、この野菜が足りない!」
「あ、この調味料どこで売ってるんだろう」
「遠くのスーパーにいかないと食材揃わないかも」

こんな風に思った時点で、ふつうやめません?

 

わたしなら100パーやめます。めんどくせえ。

 

そこで、ひとつひとつ丁寧にレシピに沿って作るのが楽しいひとは、
いくらでも料理教室でもパン教室でもせっせと通って

レシピブログ今日も更新してほしいです。参考にするわ。

さっき書いた、「趣味」を満喫してください。

 

でも、わたしが世の中のマミーにできるようになってほしいことは、

「レシピを暗記する」ことでもなく、

「食材を揃えることに時間を費やす」ことでもないのです。

 

先ほどの例で言えば、
「この野菜がないけど、代わりにこれが使えるかな?」
「この調味料、抜いてみたらどんな味になるかな。」
「遠くのスーパーに行くのは時間がもったいないから、参考にして違うメニューにしよう」

 

こうやって、応用できるちからと考えたり感じたりして「つなげて」いくこと

なのです。

そして、それをもう少し深くまで掘り下げて考えてみたとき、

なぜその「つなげる」作業ができないかとい理由を考えてみました。

 

そして、おそらく自分の身体の感覚を感じるという作業を

日常的にほとんどしていないのではないか、

ということにたどり着きました。

 

④につづく