あなたが1センチの階段を上がるとき

 

 

5年前に書いたやつ、今も何も変わらず、大切なことを同じように伝えてて、今はさらに、「自分にとってできるあたりまえのこと」は、人にとってはそうじゃないんだよ、という話や、

「どんなに些細なことでも、気になることは一緒に話していこう」とひとつひとつに寄り添ってゆく日々。

 

 

2017-02-18  再投稿(編集済)

。。。。。

セラピストとしてわたしが大事にしていること。

 

どんな小さな階段でも、すいすい上っていけるひともいれば、そうじゃないひともいる。

たった1センチの段差だって、越えることが怖くて怖くて仕方なくて、
何ヶ月もその段差の前で恐怖と戦ったあと

本当に勇気を振り絞って、本当に勇気を振り絞ってその1センチを
震えながら登れたら

それは、どこまでも祝福すべきことだとわたしはそう思う。

 

「えー!そんなの段差のうちに入んないよ!」

「ただ上がるだけだから、早く上がんなよ。先行くね〜」

というのは、そこに愛があって励ましのように聞こえても、
本人にとってアドバイスのようでとても辛くなると思うんだよね。

 

人の数だけ、階段は存在していて、

その階段は先ほど書いた、ほかのひとには見えないくらいの、
小さな段差のうちにはいらないほどの段かもしれないし

ひとによっては15センチがいくつにも重なった階段で
長い長い、お寺に続くような何百もの石段かもしれない。

それを、何百も登りきることがそのひとにとってのチャレンジならば、お寺に着いたときにみんなで祝福すればいい。

それはきっと、わかりやすくて、フルマラソンを走ったひとが
拍手をされるくらい、自分に誇りを感じるには十分の成し遂げたことに入るかもしれない。

 

でもわたしが大事にしたいことは、そこではない。

ひとは往々にして、
自分の抱えているものなどつまらないもので、
くだらない悩みを軽視しがちで、
持っている能力にしても「こんな大したことないことは意味が無い」と思いがちです。

 

石段を100段駆け上がっていくひとを横目に、たった1センチの段差が超えられないことなんて、
恥ずかしくて言えないとそう感じるのです。

わたしは過去、そうでした。

みんなが当たり前にできることが、とてつもなく難しくていつも泣いてたから、言えばできないフリ、演技してるとかいつも思われて、辛くて言えなかった。

でもそんなふうに、小さな段差が、そのひとにとって乗り越えるのがすごく難しいとしたら。

もしかしたら誰かが500段の大きな螺旋階段を登るよりも
もっともっと困難なら、

その1センチには500段の螺旋階段よりも乗り越えるだけの、価値があるんじゃないのかなって。

それでね、わたしは、それならばそのひとがたった1センチを越えるためにどんないかなる方法でもいいから

それをすると決めたときにはそこに寄り添おうと思ってこの仕事をしているのです。

 

どうしても怖くて一歩を踏み出せないなら、
そのまま震えるままに横にいて

関係無い話をしたいなら、道路わきに咲く花についてのはなしを
いつまでも聴く。

こわくてできないけど、どうしてもやりたいなら
足が動く仕組みを調べて、脳が指令をだしてそして、右足か左足から
ゆっくり膝の関節を持ち上げて、そして足が上がるんだよ、
というところまでだって説明してみる。

両足でジャンプするやり方のメリットから、後ろ向きで上がってみるメリットを比較検討して伝えては、

段差があること自体が問題なら、その1センチを削る方法だって視野に入れる。

ゴリゴリ一緒に、段差自体をなくしてしまうことが
ルール違反であるなんて、誰が決めたんだい?

それでもそれでも、数ヶ月経ってもどうしてもその1段が上がれなくて
自分では無理だけど、上りたいなら
別の方法を探すよ。

 

わたしがおんぶしたっていいし、今時の三輪車だって1センチくらいならあなたを運んでくれるかも。

たいせつなのは
その階段が

どのくらい背が高いかどうかではないのです。

 

別のひとにとってみたら
とてつもなく、くだらなく小さく見えるテーマであったとしても

それはあなたにとって
生死を分けるほど、重要なこともあるのです。

 

そして
手を引かれ

恐怖を乗り越えて
勇気を振り絞って

 

そのたった1センチを上がったとき

あなたは、

あまりの景色の変わらなさにがっかりするかもしれない。

または、笑い出すかもしれない。

たったそれだけのことが
できなかった自分を、数ヶ月間思い悩んだ自分を悔やむかもしれない。

 

でも、その一歩が

どれほど果てしなく大きく
あなたにとって意味のあることかを、わたしは人々に伝えているんです。

それが、そんなとるにたらないように見えることで、困ったり、苦しんだり,それが人を救ったりするということを、みんなに知ってほしいんです。

「こんなつまらないこと、
みんなすいすいできちゃいますよね」

と、わたしは結構クライアントさんたちから同じ言葉を何度も聞いてきた。

でも、私は一度もそんなふうに感じたことはないし、当たり前みたいに進んでも、深く、祝福して、感動するよ。

 

願わくば、一緒にそれがどのくらいすごいことだったのかを、自分でも気づいてそして、凄いことを成し遂げたんだと

自分を誇りに感じて、褒めて、祝福してあげてほしい。

 

それを、くだらないことだと思うのならば
わたしは自分のやっている全てのことを
くだらない価値の無いことに入れなくちゃ💦

 

あなたがなにかを乗り越えることは

たとえそれがどんなにどんなに小さなことだったとしても

この世界に、愛と、勇気とインスピレーションを与えるんだよ。

 

 

人生は
1センチの階段の
連続

 

それを軽視せずに
1センチの段差に1億光年分の勇気をもてたなら、

わたしたちの人生は
ゆっくりと前に進み出して

世界はもっと、豊かな場所になる。

つまらないと思わずに、できないと思わずに、小さなことで支え合える、そんな世界になる。

 

祝福を、喜びと、光を。

小さな階段とともに、まき散らしていこう。

 

 

なつかしい写真💕

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