牛乳を飲まなくても、挑戦権を獲得する

このまえ3年ぶりに撮影をしてもらったとき。

19年頃に繰り返し撮影に臨んでた頃、わたしは死にたかった。死にたかったというか、日々のすべてが死ぬほど苦痛で、その原因がわからなくて、たまらない苦しい気持ちを抱えて撮影に向かって、一体こんな死にそうな気持ちで一体写真なんて撮って大丈夫なのか?そもそも何しにきてんだと思うことが毎回だった。

今回ほんとうに久々でもそれは変わらず、またほとんど倒れるんじゃないかと思うよな時間のあとで、撮影場所に向かった。

 

当時と今と、なにが変わったか。

ひとつは、その死にたいくらいに苦しい理由の正体(発達障害の、見通しがきかないこと)がわかったこと。

変わってないのは、正体がわかっても、サポートがない限り同じ苦しさは続くしかない😂ということ。

そして、そんな真っ暗でおどろおどろしい気持ちで撮影がスタートしても、不思議と外見にその苦しみは出てこないということだ。

 

当時もまた、自分は毎回「遺影」を撮影しにいくのだ。と周囲に告知していた。そのくらい、生きる希望がもてないくらいにその頃も苦しくて、コツコツ遺書を書き溜めて、スタッフに引きつごうとがんばってた頃だ。

そして写真に写った自分の姿は、いつも命の気配を醸し出していた。

写真を見るたびに、そのギャップというか、内側が完全に死に向かいながら真っ暗闇を彷徨ってのとは対照的に、できあがってくる写真はどれも綺麗で、「この人間は、まだすごく生きているんだ」と確認するような作業だった。

息たえだえの動物の脈を取ったら、まだ脈は動いている。

みたいな。

 

 

いまもまだ、きちんとした理解ある適切なサポートが見つからず、わたしはまた1人になった。

支援という支援を探してきて、専門の病院や福祉や看護や山ほどの人に話を聞いて、調べて、そして、今現状、

助けられる社会の仕組みも、正しい対処の仕方も認識も、発達障害への捉え方もディスレクシアへの認知も

まだ、ほぼ無理な状況なんだ。という結論に落ち着いた。

 

それは身を引き裂かれるような辛い時間だったが、なんかやっとそれで吹っ切れて、1人でいいやあ。また誰にも気づかれずに倒れても、それで済むならそっちのが楽だわな。となんかしらんが開き直れて、ようやく楽になれたきがする。

そしてもう一つ。

わたしには、希望があった。

 

それは、大人の発達障害がなんの支援も受けられずに困窮していたり、無視されたり放置されたり人権を侵害されて死のギリギリを彷徨うかわりに

 

教育現場の、ちいさい子供たちへの対処には

大きな変化が起こってることを肌で体感できているということだ。

 

たおさんの学校の個人懇談で、数時間部屋を借りて泣き倒したわたしに、先生たちが適切な対処をしてくれて、話をしてくれる中で

「合理的配慮」という言葉がかろうじて通じたり、

枠やルールに縛られずに、柔軟に対処するということが、自然に育っている感覚。

わたしは普段の生活で周囲に理解されない代わりに、
不思議とたおくんの学校や保育園ではよくされてきた。

それは、先生たちは普段こどもと接しているがゆえ、発達の特性であるちいさいこどもの感覚で生きてることが、肌で感じられることも関係してるのだろう。

 

 

たおさんが、そういえばうちで

時々給食の牛乳を連続で飲むと、腹をくだすという話をしてくれて、

別に飲まなくていいよ。と言ったんだけど、

デザートをおかわりする挑戦権として、

・全てを完食する、牛乳も全て飲む

 

という条件があるらしい。

デザートをおかわりしたかったタオさんは、無理してがんばって牛乳を2日連続で飲んだ。トイレでちょっとわびしそうだった。

 

それを聞いたわたしは憤慨して、

「そんなのおかしい!」

牛乳が飲めない子が、挑戦権を得られないこともおかしいし、

「牛乳を飲むことではなく、”すべてやるべきことをやる(完食)”」ことが、本来の挑戦権なはずだ。

それは普段牛乳を飲んでいない子供にとって、挑戦できる機会すら与えられないことは、まぎれもない、平等であるが不公平である、わかりやすい間違った例だ。

(参考)平等と、公平が大きくちがうわけ

 

最近は、それぞれの特性に合わせて必要なサポートをすることは「合理的配慮」とちまたでは呼ばれているらしい。

 

 

もしも学校がそのままの時代遅れなルールで、牛乳のまないとデザートおかわりできない決まりだから!

と定番の文句を言ってきたら、ママがその日、給食で出たデザートを10個買ってやる!と

ママは鼻息を荒くした。

 

 

 

 

でも、今の学校も、1年のとき通っていた学校の校長先生も、ものすごく視野のひらけたよい先生に恵まれていて、

そういう(おかしなルール)を指摘すると、すぐに柔軟に対処してくれる。

 

今回も、個人懇談のときにそのことを指摘して、

できたら、違うルール

「たとえば、違うおかずを1品食べるとか、お茶を適切な量きちんと最後まで飲むとか」

を完了したら、おなじ挑戦権を得られるようにしてほしい。

 

と伝えたら、すぐに検討すると言ってくれた。

 

 

まだまだこの日本には、化石みたいなルールとか、決まりだからという理由だけで、困っている人を助けられる機会を奪う環境がやまほど溢れていて、

大人の障害者として扱われるときの自分の周囲に関してはまだまだそれで苦い思いをすることがめちゃくちゃ多いんだけど、

 

それでも、自分の次の世代の環境が、ゆっくりとそうして

配慮されたり、(決まりだから)ではなく

本来の、個々に合った柔軟性と、それでいて秩序ある環境を作ってゆくことに対して前向きであることが、

なによりも救いだとおもって、そして未来へ思いを馳せて

だいすきな子供たちがちゃんと対応してもらえてることを思うと、嬉しくて泣いた。

 

校長先生に、「昔は、発達障害の子っていったら変な子って感じで大変だったもんねえ」と言われて、

「そうそう、わたしそれ」といいながら、

学校に入っちゃいけない入口から毎回入って、毎回スリッパを履かずに裸足でウロウロする、しかし”合理的配慮”により叱られず、ちゃんとお茶も出してもらえる、変じゃないタオ君の変なママ。

😂

 

日本に帰ってきてから、お店や、学校や、施設や、いろんな場所で

ちいさなことを必死で訴えつづけてきたわたしだったけど

 

それが報われて、世界の方が「そうか、これっておかしいルールだったんだな」って気づいてくれて、変わっていってくれるまでには

きっと時間がかかる。

 

これでもこれまでかなりのケースを変えてもらってきたことや、それに真摯に対応してくれた場所、個人的にも理解や気づきに繋がろうと努力してくれたみんなには心からの尊敬を敬意、感謝を払いたい。

 

そしてそれがめぐりめぐって最後、きちんと自分の毎日の日常生活にも、必要な助けがもたらされる日が来ますようにと祈りながら、

学校をあとにしたわたしなのであった。

 

 

 

 

 

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