蒸し暑い日の、クリームシチュー

 

 

朝、たおくんに「ママと一緒にいたくない」と言われたことで、世界の終わりにみたいに泣いた1日だった。

家のことが全然できなくてみんなに迷惑をかけるばかりのわたしは、いよいよこの世界にいないほうがいいのだとおもったのだった。

泣いても泣いても涙があふれてきて、りゅうじがいなくなった日のことや、それまで助けてそばで支えてくれていた人がいなくなった数々の過去をおもいながら、また一歩も動けなくなってしまって、悲しかった。

大好きなひとを、みんなをまた苦しめてしまったとそう思うと、なみだが次々こぼれてしかたなかった。

 

夕方、季節外れのクリームシチューを、作りながら、自分のごはんは、人とコミュニケーションにつまづきがある中で、唯一自分が取れるコミュニケーションなのだ。とつくづく思った。

 

この数年、発達障害のあれこれのトラウマで、特定のシチュエーションだけありがとうや、シンプルな会話や、かんたんなことすら喉が詰まって

突然ことばが出なくなってしまうことが増えた。

 

そんなときに、わたしが最後の希望や愛を乗せてだれかにいっしょうけんめい伝えられる方法が、ごはんやお菓子なんだ。

ことばにつまづく自分の、それは命綱だった。

 

夕方いえに帰ったたおくんと、蒸し暑い中のクリームシチューを食べたあと、ひといきついてから、はなしをした。

”ママと一緒にいたくない”と言われたことで、またママはいなくなったほうがいいんだと思っちゃったんだ。と話した。

たおくんは、朝のことを「そんなこと言ったっけ。。。」というふうに目玉をすこし動かして思い返しながら、「ごめんね」と言った。たおくんは、なにかを思い出そうとするときに、右の目と左の目が違うばしょにキョロキョロする。

 

わたしのコミュニケーションのハンデは、目に見えないけれどいろいろなところで起こる。

英語で暮らしていたころは本当に全然気づかなかったし、仕事で話す癒しや愛などの話では一切起こらないけれど、

ふつうの会話の日本語の言い回しや、隠れた会話がキャッチできなかったり、言葉通りに受け取って、ぜんぜん反対の意味にとってしまったり、この国で日常的に暮らす上で、それは、日々混乱が尽きない。

 

 

しばらくしてからタオくんが来て、「朝、”うん…”と答えたとき、”うーん、、、”と考えていただけで、ママと一緒にいたくないと言ったわけじゃないよ。」

とわざわざ誤解を解いてくれた。

”たおくんも、ママと一緒にいたくない?”とママから訊かれたときのその「うん」は、Yesのうんじゃなくて、Well…のほうの「うーん」

だったらしい。

 

ちいさなちいさなコミュニケーションのそういうすれ違いが、曖昧な言い方が、わたしにはとても難しいことがたくさんあるけれど

きょうもみんなに助けてもらって愛を見失わずに生きれた。

ありがとう。

 

 

 

今日心配して電話をかけてくれたあきちゃんが、なぜかラインのコール音でビートルズが流れたらしく超びっくりしていておもしろかった😂

 

 

季節外れのシチューは全然人気がなくて、めんどくさそうに食べてたタオくんだった。給食で一番好きなメニューはシチューとパンだと言ってたくせに😂

チッと舌打ちしたママだった。

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。