おじいちゃん先生

ときどき浄化の先生のとこにいって、いろいろ確認する。ある意味同業でもあって大先輩でもあるおじいちゃん先生。

今日は、いろいろ急展開な話が出たりして、なかなか面白い回だった。

さらっと過去の恋愛履歴や結婚履歴のはなしをしたら、1/10しか話してないあたりで、目をまんまるくして「アンタの人生何冊小説にできるの」と言われた。

他の人の人生を生きたことはないし、自分にとってはすごく当たり前に歩んできた人生だったけど、そうか、そういうもんか。と思いながら聞いた。

 

今日うれしかったことは、過去生のカルマや今生のカルマをチェックして浄化部分や歪みを見てもらったときに、ほとんどクリーンになっていたことだった。

 

これまでも、3代前のxxの浄化、20歳頃のxxの浄化、などなどコツコツ出てきてはいたけれど、ざっと見てもらって、それが片付いていると言われたことが、なんだか信じられなくて胸いっぱいになった。

この人生、浄化しかしてこなかったような日々だったから

それは、きちんとこつこつ続けたら、本当にクリーンになるものなんだと感じるあたたかい日だった。

 

今なお、悔しさや怒りや哀しみで涙することはたくさんある。

でもそれは、自分の感情やカルマではなく、この世界への慈愛からくるものになっているんだろう。

 

目をつぶりながら、今後の自分のアレコレの詳細よりも、ただこれまでのがんばってきた自分のことを誇らしげに感じた。

 

 

結婚には向いてないと言われたけど(笑)、それももう全然気にならないし、それよりも本当の愛にきちんとフォーカスしている自分がいた。

 

おじいちゃんは、わたしがニューヨークに長く住んでた話をきいて、「まこさまがいるところやないかい」と大喜びだった。ニューヨークは眞子さまのおかげで、ただのニューヨークから皇族が住んでるとこに格上げされてるらしい。

前旦那がアメリカ人だという話をきいて、「外人の子供がほしいがためだけに外人と結婚した」人のはなしをしてくれた。

ニューヨーク時代のともだちとも、そういう話題をしたことがあって、はたして国際結婚の何割が本当の愛でつながってるか?というもの。

わたしの正確な感覚によると、それはベーリベリ少ない。(最近アラジンを見たからジーニーが、家を狭いという時の言い方がかわいい)

 

わたしはそのだんなさんが大好きだった。みんなが喉から手が出るほど欲しいグリーンカードや、ハーフの子供というものすごいオマケを脇においても、好きだった。

でも、そうじゃない関係で利害一致のため結婚する国際カップルはとても多いんだろう。

 

先生も、ちょっと顔をしかめながら、こまったもんだというふうで、わたしもまた、「そりゃ本当の愛に目覚めるまでわたしも祈るよ」と言っておいた。

 

 

おじいちゃん先生に会うと、自分のあるべき姿に戻れると言うか、何かの指針よりも大事なことをいつもおもいだす。

 

その指針は、あるいみすこし先の予言てきなものであり、自分もまたそういうものをクライアントさんに届けるしごとをしているけれど、

みなが、それに頼らずして、シンプルに生きて歩いていくための自然な指針となるのが本来のありかただなと思う。

 

どんなに辛いことがあっても、空はかならずまた晴れて、そしてわたしたちは歩み出す。

 

その背中をおしたり、支えたり、あかるく照らす存在でありたい。

 

愛が、そこらじゅうにきちんと行き渡る世界に。

 

 

 

 

ちょっと遅いけどあさがおの種をまいた今朝☺️

 

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