知恵は、命を守る

昨日TVを
九死に一生みたいな番組やってて

餅を食べすぎて腸が詰まるとか
鶏肉しっかり火を通さなくて入院するとか

そんな番組を見ていて

知恵って命をつなぐんだなって思ったんだよね。

この番組は助かった人の話だけど
携帯で助けを求めれるということも命をつなぐ方法だけど

そもそももちは一気に食べたらやばいって知っていればいいし
鶏肉はしっかり火を通すと知っていればよかったわけだ。

知恵があるということは
自分の命を繋ぎ
さらに、知恵は他人の苦しみや幸せを理解できる道具になるし
思いやりの「味の素」みたいな役割もする。

知恵は生き物に与えたれた素晴らしいものだ。

ってそんなこと基礎中の基礎じゃんと思うかもしれないけど
以外とみんな知恵は少ないかピンポイントに詳しい人が大半である。

やっぱりクリエイティブな立場(というより司令塔役の人)やトップになる人は
人よりもすでに知恵があるからこそ、そこを目指すし
もっと知ってる方がいいとさらに知恵を増やす努力をするんだと思う。

やっぱり言い方悪いけど
下請けの人やサラリーマンや似非司令塔みたいな人たちは
理屈があまりない。

知恵は肉体的に命を守るし
人との関わりを良縁に持ってビジネスの命も守る

そう思った。

 

タオくんのボヤ事件のブログ読んだけど
タオくん大惨事にならなくてよかったね。

電子レンジは悪魔じゃないよ。
お守りみたいなものだよ。


女神の告白室女神の井戸端会議
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電子レンジはお守り、ほんとうにそうだね。

とそう思った。

 

わたしはよく、「無知」が人を傷つけてしまうと常々思ってきて今に至るんだけど

やっぱり、「ただ知っている」というのは、あたりまえではなくものすごい大切なことだと思うんだね。

 

だから、「知らない」がゆえに

命を守れなかったり

「知らない」がゆえに、誰かを苦しめてしまったり、自分を苦しめてしまうことを

この世界でなくしていきたいと思ってる。

今は、この日本という国で、たくさんの「ただ知らない」が引き起こしてる悲劇を目の当たりにしているから。

 

 

たとえば鶏肉はしっかり火を通すことで命を守れるとか。

 

こういうのは、先進国にいたら普通に誰もがわかるけど、世界のいろんな国に行けばきっとそうじゃない。

知らないなんてただの愚かじゃん?

と思うのではなくて、そういう人たちに、ちゃんと知恵をわけ与えていくことが素敵だよね。

 

知らないがゆえに、愛する人を守ることができなかったのならば

もう一度ちゃんと知恵をもって、人と関わることができるように、みんなで力を合わせればいい。

 

クリエイティブな立場(というより司令塔役の人)やトップになる人は
人よりもすでに知恵があるからこそ、そこを目指すし
もっと知ってる方がいいとさらに知恵を増やす努力をするんだと思う。

 

それは素晴らしいことで、でも下請けやサラリーマン、司令塔じゃない人たちに知恵がないかといえばそうじゃない。むしろ、彼らの知恵や工夫の総結集で、この世界は成り立っているようなものだと思うから。

 

なのでそこ自体は関係ないけれど、

もしもリーダーたちに知恵があって、その下の人たちに、まだ知らないことがあるのなら

それはやっぱり、知っている人たちが、コツコツとその知恵や理屈を持つことの大切さを伝え続けていくしかないとおもうんだね。

 

知恵は肉体的に命を守るし
人との関わりを良縁に持ってビジネスの命も守る。

 

 

知っていることは、愛だと思う。

知恵を持とうとすることや、聡明であろうとすることは、そのまま愛することだと。

 

それはわたしたちの命を守り、そして人を愛を実行に移してくれて、そして社会に貢献する力となる。

 

 

すんばらしい🥺投稿朝からありがとう。←感動してた人

 

 

NYにいたときに何度かたべものの先生としてお話しにいった学校のこどもたち。

知らないことを、知るときの彼らの嬉々とした顔は

わたしが終生この先もずっと見ていきたい姿だと思う

こどもたちやみんなに、知恵を授けていく仕事がこれからもできたらいいな。

 

 

 

 

 

 

 

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