ヴィーガンというあり方のこと

2007年〜2013年くらいまでニューヨークでベジタリアン・ヴィーガンのシェフをしてました。フードセラピスト松永まいプロフィールこちら

 

 

日本ではまだベジタリアンて本当手を替え品を替え、最近では「プラントベース」って言葉で普及されようとしている食文化。IKEAのベジタリアン食、まあまあ美味しいんだわ行くと食べる😀

Hummusでも書いたけど、これって一概に流行らせようと思っても、日本食の海に囲まれた【だし(すべての食事のベース)で既に魚を必ず使う】っていう土壌の上ではなかなか育たないのがリアルなのです。

菜食が正解でもなければ、魚を食べることが正解でもない。

ちなみに菜食で和食だと出汁はすべて昆布とかしいたけになります。(精進料理もそうだね)

 

ただいろんな【あり方】があることを知った上で、自分たちが自分たちの食生活やその「あり方」、ひいては「生き方」を、一時的な流行の上にじゃなくて、サスティナブルという観点で(ずっと続けられるかどうか?という観点)

ひとつひとつ個々が選択しつづけることができれば、長い目で見たら世界は必ず多様化や本質に向けて変わってゆくのだと思う。

 

ところでヴィーガンていうのは、理由は動物愛護や宗教いろんな目的の上に成り立つあり方で、卵や乳製品も基本とらない食事のあり方のことをいいます。

でもこの言葉、日本ではまだ馴染みが薄いけど、洋服とか素材にも使うのね。

 

ニューヨークのチェルシーにいた頃に関わったテイクアウトのヴィーガンの店では、ほとんどの従業員がまあヴィーガンだったんだけど、それは食べ物の話にとどまらない。

レザーは本物じゃなくて合皮しかダメだし、靴は革靴は履いちゃだめ。バッグや上着もみんな「それが動物のものを使ってるか」を必ずチェックして身につけてるのがあたりまえの世界でした。

 

わたしは当時はローフード率が高かったころで、レザーのバッグとか普通に持ってはいたんだけど、それを堂々としょって勤務するのも気が引けて、身の回りの持ち物を全部一から見直した時期。確かその時は全部総入れ替えしたと思う。

今は普通に日本で、レザーのバッグとか持ってるけど、「誰と、どう生きるか?」ていうのをきちんと問うていくと、やっぱり、自分がよければそれでいいじゃん。にはならないんだよね。

 

友達のふるさんファッションデザイナー)に

 

シルクってどう思う?
やっぱり使いたくない?

 

と聞かれて、素材のリストを送ってくれたので紹介。

みんなはどう思う?

きちんと考えてみるのが大事。

 

①シルク
サスティナブルでエシカルだけど
家畜昆虫に遺伝子改良され、サナギの状態で煮出されて死ぬのでヴィーガンの観点では使えない。

哺乳類じゃなくて昆虫だから良いじゃん。という観点もある。

特殊な製法で命を奪わないピースシルクなるものもあるがクソ高級。

②ウールやカシミヤ
こちらもサスティナブルでエシカルと言われているけど
毛を刈るまでの育て方や工程が、これ用に育てられた子達は悲惨な人生を歩む。

ただ、ミュールジングが無ければ、基本的には命を奪わないと生産できないものでも無い。

③アンゴラやダウン(ウサギやアヒル、ダチョウ)
そもそも毛を刈らないで生きていける動物。
全身むしり取り系が多い

④毛皮、レザー
は問答無用にもうそうゆう時代じゃ無いと感じる。
その分、人口素材が優れだした。

ヴィーガンの人でもウールだけはokという人もいるようだった。

じゃあ、ポリエステルがいいのか?

土で生きるものを大切にすれば
海で生きるものを犯すかもしれない
その逆もまた然り。

私は①〜④まで良さを知っている。
③④はなくても良いけど
①と②は今でも使いたい。

動物愛護を語るステラマッカートニーもピースシルク(殺さないシルク)は使う。
レーヨンという代用品もあるが、毛皮ほどまだ開発はできてないと私は思ってしまう。
(良く使うけど。)

このサスティナブルとヴィーガンのつじつまっていつ決着つくんだろ。

 

 

わたしも、シルクとかウールやカシミヤがあると「ありがとう」って気持ちになるかなあ。動物や自然の恩恵に感謝できることは、「使う」けど「感謝」のひとつの大事なあり方だと思う。

お肉を食べるにしても同じことだね。

 

毛皮とかダウンは確かになくてもいいけど、知らないうちに普通に家にダウンの布団とかあると思う。

動物愛護の観点や、宗教の観点、健康上の理由いろんないろんな目的で、

ヴィーガンというあり方を選択する人々だけど、常に矛盾に満ちた部分が存在してる。

 

一本ね、中心に柱があると、「ヴィーガン」ていう本来の目的というかあり方は、根付くもんだとおもうね。

地球に生まれてきた以上、そもそも自然の食物連鎖のなかで、わたしたちは恩恵を受けていて、それは口にいれる食事で「動物を排除」することが全てじゃない。

自然のその一部として、破壊したり、欲やエゴに則ってこの世界の命を痛めつけるのであれば、それは減らしていったほうがいい。

 

でもそれすら、何世代もかけて、時間をかけて、そして根付かせていく感覚なんだと思うよね。

自分が死ぬまでに、日本の給食やお店に

当たり前のようにベジタリアンオプションが並ぶ日が来るといいな〜

 

素材や洋服や持ち物も、たくさんの命の系譜がそこに存在してるってことを

忘れずにいたいね。

 

ちょっと前のだけど(2年くらいまえ?)ふるさんの洋服を毎回貸してもらって、モデル練習をしていた頃のかわゆい写真。

 

 

 

 

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