つるのひとこえ

小学校の転校を、いやおうなしに「転校です」と子供にあたりまえに課すことができた中で、あえて、

「これまでの学校に通いたい」と言う彼の意思を尊重した理由がすこしわかってきた。

送り迎えなどの事情が刻々と変化する中で、いまさらだけど
(校区外の学校に通えるように皆の力を借りて尽力した8月だった 参照

 

誰がどうみても

「校区の学校」に転校したほうがいいよね

となってきて、自分もまた、毎朝の送り迎えの大変さを考えると、絶対にそうしたほうがいいと思うようになった。

ただタオ氏本人が、首を縦に振らず今までの学校に通いたいと言う。

 

とりたてて特別な理由が彼の中にあるとも思えず、たんに新しいものを何でも拒むクセがあるというだけなんだけど、いろいろ背中を押してみるも、ダメだった。

 

この数週間で本当に変化した山下さんが、いよいよ自分も親として関わりはじめるようになってくれてから

色々変わって、今朝ふと

「やっぱ転校させたほうがいいんじゃないか」と口にしたことで、自分ひとりの意思や、周りの大人の意思とは別で

ストンと自分のなかで

「山下さんの許可でました〜」

みたいになった。

 

基本、山下さんは最後の判を押す人間というか、あれやらこれやらと我々が考えあぐねたり、「こうしようか、ああしようか」とこねくりまわした後に、

「ん、じゃそっちで行こう」

とGOを出す人なのである。

 

なんていうか、最初からぐいぐいと自分の好きなようにする人間ではない。

じっと下のひとたちを見ていて、何が最良かをいつも考えていて、あまり口を挟まずに願いを叶えてくれると同時に、

大事な部分には最後ポン、と彼の決断によってごそっと物事が動くので、たいていは

「山下の判まち」みたいになる。

 

そういうわけで、不思議と山下さんを信頼する人は昔から多く、会社や仕事だけじゃなくて、わたしの周りの人間にもとかくぶっちぎりで人気があり、愛される人であった。

 

 

今朝そんなこんなで、タオさんにいよいよ転校を早めることについて話をした。

どうしても、1年生の間は約束どおり古い学校に通いたいと言うので、

(上の許可が出たんだ)といわんばかりにわたしはこう言った。

 

「タオくん、タオくんが嫌だっていうのに、ママやりゅうじ(山下さん)が無理矢理転校させるのと、それとも自分の中で納得して、送り迎えのことや周りのみんなのことを考えた上で、自分で「ぼくは、ぼくの意思で転校する」と転校するの、どっちがいいか、よく考えてみて。」

 

これまでは、【転校】してもいいか、それとも【古い学校に通うか】を

繰り返し訊ねてきた。

 

すると必ず古い学校に通いたいと言う。

 

今日、「よく考えなさい」と言ったときには、【転校する】1つの道の中に、ふたつの選択があったわけだ。

 

今までの訊ね方から、今日の(山下のひとこえ)によって新しい訊ね方をした私は、ようやく真意に気づいたのだった。

 

わたしは、転校するか否かを彼に選ばせたかったのではない。

 

なんというか、転校するにあたり、

 

それが、誰かに強要されて起こったことなのか、

はたまた自分の意思により選択して納得できたことなのか、

 

そこが重要だったのだ。

 

 

なんだ、どうしても無理矢理転校させられなかった理由はそこだったのか。

やっと気づいて、いろいろ腑に落ちた日だった。

 

自己犠牲でしか生きられない人が大勢いるこの日本という国で

ただ傍若無人に自分のやりたいように生きてほしいわけじゃない。

自分にとって何か、都合の悪い選択をしなくてはいけなくなった時にこそ、わたしたちは自分の人生の岐路に対して思慮深くなる必要がある。

 

それを、誰かのせいにして一生生きるか、それとも

その選択は、自分が決めて、選んだものなのだと本当の責任を持てる人間に育ってほしい。

 

親は、子供の人生など親の都合で勝手にすればいいと押しつけがちだし、引っ越ししたら転校。

なんて、あたりまえで子供の意思もへったくれもないと思うかもしれない。

でも本当はそうじゃない。

 

小さなこどもたちは、まいにち目の前のことに一生懸命に生きており、大人にとってみればどうでもいいささやかなことを大事に大事に生きている。

 

もしもその小さな選択を、子供だからという理由で無下に扱われたりせずに、尊重してもらったり、少なくとも意思があることを認めてもらえた子供はきっと、

大きくなってから本当の責任を取れる人間になると思う。

 

そして、人にもまた、同じように尊敬や認めることをしながら関わっていけると思う。

 

 

5分もしないうちに階段から降りてきたタオ氏が、

「たおくんは、たおくんの意思で、あたらしい学校に転校する」

 

と言ってきた。

 

 

 

なんだ、そっか。やっぱりか。

 

家族が、それぞれの道を交差させながら共に生きていく時に

だれひとりとも犠牲にならずに済むチームを、育んでいきたい。

 

 

 

 

 

 

 

 

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。