”子どもそのものを守ることが、 守る、じゃない”

何ていうか、
苦しんでるのは私なのに、

何で、子どもの方ばっかり向くの?
みんな。

目の前でしんどくて倒れてるのはわたしなのに、
父と母はxxちゃんとxxxちゃんだけを見てた。

旦那は、xxxxちゃんだけを見てた。

そんなことを思った、
思い出した日だったよ。

私の苦しみなんて小さいものかもしれないけど
まいさんの気持ちもきっとこんなふうだと
思ったよ

どうしてみんな、
子供だけを見るんだろう

目の前にいる子どもの母親は、
救わなくていい存在なのか?

 

子どもそのものを守ることが、
守る、じゃないのに

母親が子どもを守れるように、
母親を守ってやらないのは
何故なんだろう

 

こんな苦しみは、
誰とも共有せずに
ひとりで抱えて生きていけということ?
と思うよね

 

私は、
多分もう両親のことを諦めてるんだな…と思った
これ以上努力をしない
何か
それは、もう成長を止めてしまってるようだけど

私はどこかで諦めてるんだった
と、思い出した

旦那もそう

わたしのことをわかってもらうのは、
諦めてる

 

私にできないことをこの人はできるから
だから一緒にいるんじゃないかと思ってしまうくらい

私、諦めてる気がして悲しかったよ

 

まいさんが、こんなに悶え苦しんでがんばってるのに

私が家族を諦めてどうすんだよ、と思ったけど

 

 

時々とても虚しくなるね
私の大事なはずの人達とは
一生分かり合えないんだな、と

きっと、辛い時や虚しい時は、
寝た方がいいね。

おやすみ、まいさん

 

 

 

 

 

どうしてみんな、
子供だけを見るんだろう

目の前にいる子どもの母親は、
救わなくていい存在なのか?

 

子どもそのものを守ることが、
守る、じゃないのに

母親が子どもを守れるように、
母親を守ってやらないのは
何故なんだろう

 

ほんとうに、これが実は本当におかしいことなのに、

「こどもを守る!それが愛!」とだけを正しさとして掲げて

その場で命からがら、生きるか死ぬかを彷徨っている人間を見捨てる世界。

 

この世界が、こどもを守るの本質的な意味や

命を大切にすることは何を指すのかや

やみくもに子供を優先させることの間違いや

人の権利を踏みにじって、たくさんの命を失ってなお気づけない、愚かさに

 

本当に一刻も早く気づいてくれることをひたすらに祈るしかない。

 

 

子供を守りたい母親が、母親に守られるべき子供が

健やかに生きられるような支援が

子供だけに向けられることは、口を揃えて正義をかざしてくるひとたちの文言は、

なにをどうひっくり返しても矛盾だらけだ。

 

子供を隔離して、何かを解決した気になってる役所の人たちとかは、Blindで

本質を何も見てない。苦しんでる母親をまっさきに助けないと誰も幸せになれないことも無視して「ダメな母親から私たちは子供たちを守っています」と自分たちに酔いしれる。

 

 

絶対に変わらない頑なな場所を、諦めて、諦めて、諦めるしかなく

ギリギリで生きるしかないひとたちを

自分が諦めないことでもし救えるのなら、わたしは諦めないと誓うような地獄の夜だった。

 

誰かが死ぬほど苦しんでいるときに、それが病気とか、どうしようもない状態ではなくて

ちゃんと適切でシンプルな助けがあれば、

苦しみを「ゼロにできる」「防げる」ことに、一刻も早く気づいてほしい。

 

これから側にいてほしい、家族やパートナーですら、それに気づけずに苦しみをそのままにしてしまうことは今辛いが、絶対に気づいてもらう日を迎えると決めた。

 

そこにいる全員がinvolve しないと絶対に回らないものがある。

 

誰かが、誰かだけを助けようと動いては、潰れる場所がある。

 

みんなが関わっていて、すべては1個だ。

 

 

 

 

 

 

 

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