何かを誰かに伝えたいときに見る5つ

 

 

なにかを誰かにつたえたいときに、メールや文章で送るのと、話すのはおおいに違ってくる。

コミュニケーションというのは、双方に伸びているわけで、相手の感情や相手のエゴ、そしてコントロールなどが入ると、自分がそもそも何を言いたかったのか?

何を伝えたかったのか?話しているうちにわからなくなることがある。

もちろん自分が話すときにもそれは言える。

 

コミュニケーションは、本当に良き方向に結論を向かわせるために、存在していてほしい。

個人の主張や、自分を守るための結論、正当化するための行動などが

誰かを傷つけなくて済むように。

 

相手の言葉や口が立つかどうかの【技術】で、その方向性が決まったりする。

立場や権威を利用されたら、すべてがその【権威】によって、弱いものが守られなかったりする。

それはとても悲しいことだね。でも、そこから自分を守るのも、全力でやらなければいけない。

 

 

そんな時、一旦、メールや文章に起こして伝えること。

わたしもこれまでたくさん人とわかりあうために、自分の想いや希望や、意思を文章に仕立ててきた。

 

それは、うまく機能することもあったし、誰かの心に打つこともあったし、反対に失敗したり、うまくいかなかったこともある。

でも、いつも必ず気をつけていることや、貫いてほしいと思うこと、たとえ結果がうまく進まなかったとしても、

【自分が、自分のことばで、本当のきもちを伝えた】

という証跡は、かならず後になって

生きるときが来るので、

 

「あの時、これを伝えていれば」

「あのとき、これを、自分が言えていれば」

 

もしもその悔いとともに生きるのであれば、小さな勇気は絶対に出したほうがいい。

 

とくに日本では、「何も言わずに我慢する」「ことなかれ主義」で自分が思っている大切なことを、無かったことにし続けて生きているひとがとても多いから、

ちいさなコミュニケーションひとつひとつを、たとえ明日世界がおわっても後悔がないようにみんなに生きてほしい。

 

 

自分が、お互いにとって辛い何かを持ち出して言わなければいけないときに、

いくつか気をつけることがあって、

みなさんからメールだとか自分の想いを投稿でいただいたりすると、

 

ざーっと読んだときに

わたしの場合その文章の中から、色や形でふわっとでこぼこに色々な要素が浮かびあがってくる。

単語や、一文をそして大事なとこだけ引っ掛けておいて、あとは全部落とす。

セッションなんかで長い身の上話を聞く後も、大抵このプロセスでポイントを絞る。

 

それは主に、こんなふうに目に飛び込んでくる。

 

  • 「鍵」となるようなパーツ (今回の重要テーマ、伝えたいことなど)
  • エゴ(相手を責め立てたい文脈や、自分を正当化したいもの、何かのへの証明など)
  • 感情(いま苦しい原因などを並べ立てたりする部分)

 

 

  • 結論(だからこうしてほしい、こうしたいなど)

(本人のなかで結論づいていない場合もある)

 

 

エゴと感情というのは、ものすごい延々と、どのくらい自分が辛いかどうかを書きたくなってしまうもので、どうしてもそれが多ければ多いほど、真意から離れてしまう。

【辛いんです。】

という気持ちは表現することは問題ないんだけど、それはまず最小限にとどめる。

 

そして、エゴは、潔く全カットする。相手を捩じ伏せる言い方は、時に正しくないことへ立ち向かわなければいけない時、有効に使う必要があるけれど、フェアに何かを伝える場合はふさわしくない。

いかに自分の言おうとしていることが正しいか?

それを証明して、自分にとって良き結果を勝ち得たい気持ちはわかるけれど、ここを削ぐ。

 

これは一種のわたしの思う美学のようなものでもあるんだけど、ダサい。

ダサいから無くてよい。

そんな安っぽい言葉を強いて何かを引きずりだしたところで、誰も幸せにはなれない。

 

 

そして、結論を回りくどくせずに完結に述べる。

この完結にすることが、何よりの愛で、

 

(あなたはこうかもしれないし、こういう場合も考えられるし、わたしもそうも思ったけど、でも、云々)

と続けば続くほど、伝わるものが伝わらなくなってしまう。

 

冷たく聞こえるんじゃないか?とおもう不安は、日本のオブラートに包む言い方になれていると必然的に出るかもしれないけど、何かをきちんと伝えるコミュニケーションにあたっては、適切な愛ではないと思う。

 

鍵となる重要な部分は、必ず余分な装飾がないような形で書くと良いとおもう。

 

【これが、何よりも大事じゃないですか。】

 

と、自分が思うこと、貫きたい気持ち、信じる結論、正しいと思う愛、なんでもよい。

 

そのことは、バシッと書く。

相手が受け止められるかどうかを危惧して装飾をすればするほど、相手に逃げ道を与えてしまうことにもなるので、それも必要ないし、もともと

「受け止められない相手」の器やタイミングであるとすれば、回りくどく書いても、シンプルに記しても、

その【真実】や大切な部分は、もしかしたら

そのまま無視される可能性もある。

 

でも、忘れてはいけないのは、「本当のことを言う」ことが何よりも大切だと言うこと。

自分が自己満足で、【言ってやった】と思うためではない。

本当に、良き結果に向かわせるために「最善を尽くした」ということが大事なのだ。

 

 

そして最後、

  • 「鍵」となるようなパーツ (今回の重要テーマ、伝えたいことなど)
  • エゴ(相手を責め立てたい文脈や、自分を正当化したいもの、何かのへの証明など)
  • 感情(いま苦しい原因などを並べ立てたりする部分)
  • 結論(だからこうしてほしい、こうしたいなど)

この4つにプラスして、

 

ひとつ必ず付け加えることにしているのが、

 

  • 相手への感謝。どれだけ感謝しているかどうかをきちんと述べること。

ここは、嘘や相手の気持ちを紛らわせるためではなく、ここまでやりとりがあり、

何かしらの関係がそこに存在していることへの過去への労いであったり、純粋に、相手の立場を尊重したりすることや、自分の中の愛を表現するということ。

 

なにかを伝えたいときに、

 

エゴによって、「ほら、そっちのここが間違ってるから、これを下さい」

と脅迫する形でもらうのと、

 

愛によって、「あなたを愛しています。あなたに感謝しています。でも、これは、下さい。」

と本心から伝え、もらうのでは

 

同じ結論に達したとしても、双方が幸せか、双方が苦い思いをするか真っ二つに別れるとおもう。

 

そして、失敗に終わったとしても、愛によって何かを伝えたとき

それは、すべて後腐れなく、自分の手によって手放すことができるものなんだよね。

 

 

誰かに何かを送ろうとしてるときや、伝えようとしてるとき

よかったら上の5つの要素に分けて、削いだり足したりしてみてください。

 

愛するひととお別れしたりする時に、絶対に胸が痛むから

あなたのすべての愛をもってやってみよう👍

 

ちなみに、

 

  • 感情(いま苦しい原因などを並べ立てたりする部分)

ここが、癒し部分。ここは、相手に伝える前、伝えるタイミングで必ず浄化をしてください。

すると必ず自分がひとつ上がり、苦しかった感情から解放されるので、それだけで相手に感謝が湧いてくるはず👍

 

 

次のステップに進むための、コミュニケーション。

こころからの愛とエールを送るよ!

 

 

Fluffy.=ニュージーランドのカフェ文化で、子供用にカプチーノのミルクの部分だけを入れてくれる粋なメニュー

 

 

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