何度でも。

 

長い間、頑として動かなかった場所が、ゆっくりと崩れ

動き出す

タオさんと、どうがんばってもコミュニケーションが取れなくなっていたところが、ほんの少しづつ、取れるようになってくる兆しがあった。

それは、本当の希望だ。

この1年、ズタボロになるまで繰り返してもできなかったコミュニケーション。

 

日本で生まれ育つ限り、【なんとなく】の物言いや、【あいまいさ】や【建て前や謙遜】が

どんどん育ち、築かれて、小さな頃は難なく意思疎通ができていたのが、どんどんできなくなってゆく。

小さな嘘が重なるのに、本人は気づかずに会話を進めてしまう。

 

途方もないくらいにそれは私を不安にさせたけれど、繰り返しパニックを起こす母親のために、じっと会話を振り返る時間を作ってくれていたみたいだった。

 

そして、気づいたことがあった。

 

コミュニケーションが上手に取れない人は、そもそも相手とではなくて

自分自身と、コミュニケーションがきちんと取れていないのだと。

 

タオさんは、自分の言葉を振り返っていた。

わたしとのことではなく、自分がいい間違えたことや、気づいたことについて、わたしに報告してくれた。

 

それは、とても丁寧に、自分が何を思っていて、何を忘れていて、何を間違えて、何を適当にやり過ごしてしまったか?

を日々、自覚していなければ

気づくことができない。

 

 

ほとんどのひとが、無意識で喋っている中で

次々つじつまの合わない会話が繰り広げられることや

言っていることと、行動がチグハグなことは

いつも、わたしを恐怖に陥れてしまったけれど

 

 

タオさんが、こんなふうに、一度身につけた日本の社会への処世術という城を一度丁寧に解体して、処世術ではない本当のコミュニケーションを振り返ってくれること。

 

それは、これ以上ない安心をわたしに与えてくれて、

その後すべてへの希望につながる気がした。

 

似たようなところでつまづいてしまって、遂にしばらく距離を取ることになった山下さんとの未来にも、光が差したということでもある。

 

自分が、何をしゃべっているのか、何を言ったのか

awareであることは、いくらかの訓練さえすれば、必ずできるようになる。

 

それは、誰か言葉の通じない外国人を愛したときに、いっしょうけんめいその国の言葉や文化を勉強して通じ合おうとするのと似ていて、

傷ついた自分を癒すために、いっしょうけんめい

自分自身が何を感じているかを知ろうとするのに似ていて、

 

最後、橋をかけることができるのは、知識や勉強ではない

愛でしか叶えることができないものなのかもしれないと思う。

 

タオさんに、「それが、コミュニケーションだよ!」と嬉々として

成功していることを伝えた。

 

彼も、とてもうれしそうで、

 

・コミュニケーションが取れない場所には、”失敗は許されない”という誤解、恐れや縛りが生まれてしまうこと

・コミュニケーションさえ取れれば、失敗や過ちが全て許される気楽さや自由さが生まれること

 

を伝えた。

とても大切なシーンの上を、わたしたちいは交互に歩いている。

 

いくらごはんの写真を送ったら、いくらごはんと返信が来たタオさん。

 

 

 

 

 

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