「眠りな、朝までいるから」

いのちが巡っているサイクルの中の、自分たちは一部であるということ

それ以上も以下もないと、深夜、山下さんの眠る横顔と

その腕に抱かれたあとの余韻の真ん中で

ひとつ、またひとつと雫を落として水の輪の動きを確認するようなじかん

それは全部、みごとに繋がってんだ。

 

「りゅうじは、おかあさんのこと嫌いになったことある?」

そう言って、ついにホロホロ泣いてしまいながら

自分がもしかしたら一生良いおかあさんにはなれないかもしれないという危惧のことをシェアしたわたしに

 

「十分やってきたじゃん」と

「あとから気づくことなんて、いっぱいあるよ」

とそう言って、腕の中でわたしを眠らせた。

 

 

昔はほんとうに、全然そんなふうに感じることはとても少なかったのに、今はいつも彼のことばから、「こたえ」を拾わせてもらう。

 

「元気だな、マイ」

と、昼間パニックと怪我でまた救急車を呼ばれる寸前だったわたしに

安心したように声をかける山下さんに

 

「ん、りゅうじがくると、元気が出る」

と素直にそう言う。

「リポビタンDみたいだな」と言われて

とても深く、目を瞑って深呼吸するみたいな息で

 

「うん、ほんとうにそうなんだ」

と言った。

 

「眠りな、朝までいるから」

 

 

時間軸を持たぬわたしの世界に

美しい線を引き始めてくれる人がいる。

 

それはいつか、自分がたどたどしくみんなの真似をして

一生懸命たどるようにして引いた、途切れ途切れで不恰好で無骨な線じゃなく

 

真っ直ぐで

柔らかく

いつかわたしが彼の中にみた、素直で美しい姿そのものだ。

 

ほんの少しの未来が、照らされて、それは永遠に続くような光に変わる。

 

凄いことだと思う。

 

時空をいつも飛び越えながら、重たく堅い彼の身体と、不思議と抱き合うとなぜかとても優しく柔らかいその身体が、3年後や10年後にもそこに自分の線と重なるような気がした。

 

 

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