なにかがずっと、続くのだ

なにかがずっと、続くのだ。

そう”わかって”いくことは、はじめは絶望でしかないと思う。

なぜなら、わたしたちは、がんばって、成し遂げて、それで終わり。を目指すから。

 

もしもがんばって、成し遂げても、それでおわりではなく、それは、きっと、ずっと続くのだとおもうと、

がんばることができなくなるのだ。

 

がんばっても、がんばっても、苦しみがなくならなかったり

がんばっても、がんばっても結果が出なかったり

がんばって、何かを成し遂げれば成し遂げるほど

次にやってくる山が高くなっていることに気づく時

わたしたちは一度、すべてを放棄したくなるのだと思う。

 

 

それでも、その場所は、抜けていくしか道はない。

 

繰り返し、繰り返し、その絶望をくぐり抜けるたびに

それは、ずっと、

...続くのだ

とわかると思う。

 

 

あとは引き返して、死んだように、がんばることなど意味がないと思いながら、生きるかは

本当にみんな自由だけれど

 

それには、本当に「終わりがない」のだと悟ることだけが

わたしたちを永遠に自由に解き放つ。

 

 

なにか、結果を出したいことも

叶えたい夢も

愛する人と一緒に居続けることも

高い目的も

ただ、生きることも

 

 

それはただ、絶望と隣り合わせのようにして

ただ、ただ終わりがない

 

 

だからこそ

その苦しみや、がんばりや、疲れたとおもうような時を

「なくなれ」と「終われ」と願う代わりに

 

これは、受け入れなければいけないことなんだと

そう思ってほしい。

 

幸せや、ときめきや、皆が思うような成功は

きっとその先にしか存在しえなくて

 

その道中全ての場所に

愛が横たわっている。

 

 

だから心配いらないんだよね

どんなに苦しい瞬間も

永遠であり、愛であり、続く代わりにいつどの瞬間に終わりにすることもできる

 

ハンドルしてほしい。

自分の人生を、自分の手で、ハンドルできることを、選択できることを

思い出して欲しい。

自分が望んだものしか、目の前には現れない。

 

 

 

「なにかがずっと、続くのだ。」

それはね、奇跡のような、希望なんだよ。

 

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