言葉のことを思い出す朝

まいにちこわい夢とかみて、息苦しく目がさめるまにまに、

ひさびさに仕事の夢をみて、ほっと嬉しく朝を迎えた。

もともと、間違った日本語の使い方をしてきたわたしだけど、これからもそうしようとおもった。

フランス語、英語、中国語、韓国語など外国語をたくさん学習してきたわたしにとって、ただしくその国の言葉を使えるなんてことは

最初から無理だったんだ。

お気に入りの言葉を、くりかえしうれしそうに間違えて使うことは、ことばをおぼえたての人間にとってとても自然なことだ。

昨日映画の中で、ウディアレンが

preposterous という言い方をしていて、昔大学受験のときにGREというネイティブが受ける国語のテストのために、アメリカ人でも知らないような単語を一生懸命覚えようとした記憶。

わたしのすきだった単語のひとつだ。preposterous。アホとかバカとかくだらないという言葉すら、虫唾が走って口にもしたく無い時に賢い言い方として使う。

あとは、literally とか、presumably といかいう言い方が、わたしにはなぜかいつもツボで、毎回語尾に literallyと付ける人とか、ときどき会話に難しい単語を使う人が好きだった。

 

昔のアメリカ人のダンナさんは、日本語の「東雲」しののめとい言葉が好きだと言っていて、

「それ、どういう意味?」と訊いた気がする。

 

 

山下さんが来て、一生けんめい自分のことを話しながら、どうか昔のようにパニックを繰り返して大事なひとたちを押しのけなくて済むように、と願った。

わたしはいつも、1人になりたかったわけじゃない。

ただ、通じる言葉がすくなすぎて、わたしのわかる言葉を話せる人がすくなすぎて、そして結局、言葉が通じないと

ひとは嫌な顔をして去っていくものだ。

 

言葉を、学ぶこと

わたしは終生そういうことをしてきて、このさきもそういうことをしていくのだとそう思ってきたけれど

自分の国で

迷子になり続け

そして、そばにいる人たちが、「子供にわかるコミュニケーション」という言語を学んでいく

(正確に言うと、思い出していく)

ことを、いやおうなく手伝っていかなければいけないんだ、生きるために。

と思った。

 

最初病院で「通訳がいる状態」って言われたときには、そういう人を間に挟めば解決するんだと、短絡的に思ったけれど。

それは、氷山の一角であり、とても根本的な解決とは言えなかったんだということだけは今わかる。

 

なんという皮肉で矛盾で、そうか、わたしの

「言葉」は、こういう場所に最後、向かったのか。とそううなづくしか無い

 

言葉を学ぶことよりも

言葉を教えることのほうが

はるかに難しい

そう痛感する日々

 

それでも、わたしをはじめ、その通訳ができる数少ないひとたちは

たくさんの小さな人間の権利を守るために

最低限の人の人権をふみにじらないひとたちを育てるために

 

急がなくちゃいけないと思う。

 

 

言葉を通じ合せる、それはつまり

言葉を超えていく、という意味になる。

 

言葉に頼るから、真意から外れ、コミュニケーションは失われ、

そして結果、ひとは簡単に、人の大切な気持ちを無いもののように扱ったり、もののように扱ったりする。

それが何を指しているのか、知らないことが、

この国の最も壊しづらい部分

 

ほとんどの日本人のひとが、「人権」なんて意識して過ごしたことなど無いのだろうから、それは”今は”仕方のないことで

ただ

ねがう。

やれることをやる。

 

人が、目の色や

肌の色や、性別や 宗教や 国や 食べるものや

話す言葉や 年齢や 障害があるかないかや

肩書きがあるかないかで

 

 

見下したり

軽く扱ったり

見上げたり

しない

 

ほんとうの自尊心のある国になっていくために。

 

手伝ってくれるみんな、ありがとう

これからもっと、ニネターブルとして、食の権利や日本のコミュニケーションや発達障害などなどの活動してくために仲間作っていきます。

同じ思いの方、連絡ください。

はちどりの、ひとしずくから。

 

 

 

 

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