いい優しさと、わるい優しさ

これまでたくさんのクライアントさんと話をしてきて

「あー!この人本当やさしいな。」って思う人が中にはいる。

人の本質なんて、誰もが愛で、誰もがやさしいと言いたいところだけど、ツルッと淡白な良さを持つひともいれば、温もりに満ちた優しさを持つひとがいる。

 

アキさんはその中でも、その優しさゆえに、誰よりも苦しんできたひとのうちのひとりだと思う。

 

いつも話を聞くたびに、

あー、この人苦しいなあ。やさしいからだなあ。

 

そういつも感じてきた。

自分には無い、すばらしい質。

 

 

 

今、たくさんの人の優しさに触れて

それが

本当に、きれいに2つに分かれるのを日々見ている。

 

わたしの両親は、ひたすらに優しかった。いつも優しかったし、わたしの言いなりで、どんなにわたしが道を外しても、孫が道を外しても、「優しい」。

 

そして、優しさは、

 

不安や恐れや迷いからの優しさと

勇気や愛や、真の正しさを含む優しさの

 

ふたつに分かれる。

 

エゴでできた優しさは

人を、ボロボロにする。

人を、惑わし、間違った方向へどんどんと引っ張ってゆく。

彼らには、自尊心というものが無い。だから、人から人権を無視されても、見下されても、にこにこ笑ってる。

それが優しさだと誤解しているからだ。

 

 

そして、愛や、勇気や、真実からの優しさは

こんなにも、ただそこにあるだけで

こんなにも人を、救い

慰め

どんなことでも乗り越えられるような

力を与えてくれる。

そこには、自分自身を信じる力や、自尊心

相手も、自分も尊重できる叡智がある。

 

 

 

真っ暗な日々に倒れて倒れて倒れて何十回も息が止まるんじゃ無いかと思ったこの時間に

 

彼女の優しさと、ものごとの真価を見極めてそれに真摯に従う勇気に

ただ、救われ続けた。

 

ああ、この人

優しい人だったな。

 

そう思った日

 

大半の人が

自分のエゴの優しさで皆を惑わせる中で

 

本当のそれを使いこなす術は、とても

なんていうか潔く、強くなければできないのだと感じた。

 

なにかを本気で助けたいと

人が迷いなく思う時

 

きっと、世界はそれに動かされ

変わるんだと思う

 

 

その恩恵をわたしは受けている。

 

 

 

 

 

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。