あ、このことに、苦しんでいたんだ

 

そういえば、

自分が、

あ、このことに、苦しんでいたんだ

とそう思う瞬間というのがある。

 

長い間苦しんでいたものを取り除こうと

必死であれこれやってきたのに、

さいご、どうしてもそれができなくて

それでふいに、

 

なんだかもう、いいや

みたいに

 

力が抜けると

その瞬間が訪れたりする。

 

「あ、このことが苦しかったんだ」

 

の苦しみは、5年でも、20年でも、人生まるごとでも

期間は関係ない。

 

重たい痛みは、ほとんどが前世から持ち越されているし、

くりかえしうずく傷は膿すぎていて、もとの形がみえづらいことも多い。

 

だから、どうしてもその苦しみが取れなくて

長い間もがいているなら、取り除くことをあきらめてみるとよい。

 

すると、ふと、

あ、これが苦しかったのか。

 

とわかって、

 

これが素敵なんだけどね

 

「これが、苦しみの理由だったのか」

 

は、イコールその呪縛から解放されることを意味する。

 

 

わかって、見つかって、そして取り除いて、最後確認して、

洗って、傷を癒す

 

という細かなプロセスは発生するにせよ、おおまかな割合みたいなのでいくと、

 

長年の苦しみの理由がわかった時点で、9割しごとが済んだと思ってもらうとよいとおもう。

 

 

とても、ささいなボタンのかけちがいで

わたしたちは遠回りし、奔走するよね

 

 

だからいつもわたしは言いたいんだよ。

最初にボタンをかけちがうときに、直そうよって。

 

そうしたら、20年分の苦しみって、20年の愛に満ちた時間になるから。

 

 

 

今日もまたどこかで

あ、これが苦しかったんだ

 

が世界にうまれていますように。

 

 

 

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。