この子

カインズに金魚を持って嬉しそうに歩く
丸い男の子がいて、話しかけた。

トイレットペーパーのコーナーのあたりでそのビニール袋に入った水が泳いで、そのなかに少年に似た、オレンジ色の丸いクリーチャーが揺れるのが目に飛び込んできて、それがとても嬉しいものだということが少年の顔からすぐわかった。

 

「おー、金魚!かわいいねえ!」
と言ったら、
少年は、「家にも1匹黒いのがいるんだよ!」と意気揚々と言ったから、嬉しくなって

「新しい友だちだね」
と言ったら、古い金魚が1匹死んで、代わりに今日そのオレンジ色のサカナを買いに来たのだと教えてくれた。

 

「そうか、頑張って育ててね」

と勢いよく手を振ったわたしに、ふくふくした少年と金魚はとてもとても嬉しそうに去っていった。

 

 

大人に突然話しかけると
日本では
とても変な顔をされる。

他の外国はよくしらないが、NYではバスやタクシーに乗った知らない人が、そのワンピースをどの店でいくらで買ったかとかを教えてくれる。

 

前はスーパーで女子高生に

「それ!かわいいね」
と通学カバンにぶら下がったニャンちゅうの人形めがけて叫んだら、もののけを見たかの如くの形相で、後退りをしていた。

 

その点
チビい少年や少女たちは
まだ
話しかけると
その瞬間から友だちになれる魔法の距離感が残っている。

彼らは、まだ、わたしを見て、それが何歳で、どんなふうで、という色眼鏡を通してこない。

少年は、わたしが金魚に大喜びをしていたのが嬉しかった。

ただそれだけで、わたしたちは通じ合えるんだ。

 

 

昨日は小学校の授業参観で、見に来ていた誰かの子どもの妹(チビ)が

わたしをじっと見つめて

「ママ、この子誰!?」

「この子誰!?」

と何回も聞いいた。

 

わたしはよく
小さい人間にじっと見つめられる。

小さい人間にじっと、手を振られたり、じっと話しかけられたり、

「この子、誰!?」
と言われる。

 

わたしは「タオくんのママだよ」
と言って、バイバーイ
といつも通り手を振った。

 

 

あの金魚はきっと
家で大事に、丸い少年と暮らすんだと思う。

 

動物や植物を愛でる心は
とてもなんていうか
ウルウルした生に近い嬉しいエネルギーで

それを育てたり
守ったり
愛したりする心が
命の煌めきそのものなんだと思う。

 

 

硬い、矛盾だらけの大人と話して繰り返し悲しさや憤りにまみれる中で
子どもたちの純粋なコミュニケーションに
何回も何回も、希望をもらう。

 

 

わたしも金魚がほしい。金魚は怖いし、
魚も虫も怖いから飼えないけど
少年の嬉しい顔と、買われていった金魚のことを思い出すだけで、嬉しい。

 

 

 

金魚と少年のともだち、この子。

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