BIO 名前から、意味を想像できないように。

 

いつかずっと昔に、フランスにしばらく住んだ時のこと
小さな町の、スーパーやドラッグストアで毎日毎日買い物をする間、ある商品に

BIO

と表示があるものがあった。

ちいさな緑のマークがそこらじゅうについていて、おおきくB-I-Oと記してあるものもあって、

しばらくしてからそれが、オーガニックを示す言い方だということを知った。

 

今回、ひとつの香りにBIOという名前を付けたのは、名前がない名前を探していたからだった。

最初は、そのコンセプトブレンドのイメージ、無邪気で陽気で、自由な喜びがふさわしいような単語から探して、

あとは、シリーズ3つの中でも、一番ユニークに仕立てたので、耳慣れない外国語から意味のわからないかわいい名前をつけようとおも思い、いろいろなリストを出した。

Joyとか、弾ける感じのイメージや、はたまたその「ユニークさ」を表す、唯一無二みたいな意味の言葉、

あとは、一番最初に浮かんだその香りのコンセプトが

「ごった煮」だったので、それに似た、”色々混じっている”という意味の名前とか。

 

ごった煮と書くと庶民的だけど、今回依頼いただいたYさんは、何かがごちゃごちゃ混じってるという意味じゃなくて、いい意味で、「本当に自分が好きだと感じられるもの」を、きちんと選別してそばにおいているように見えたのだ。

それは、偏りがなく、世間で流行っていようがいまいが、どこの国からきたものであろうが、

本当に素直に「よいとおもえばよい。」という感じでまとまっているので、

それが結果、他にはない彼女だけの色を醸し出しているような気がした。

 

 

ただ、そうなると、ある1個の意味合いを持つ単語を当ててしまうと、その広がりや自由さが限定されてしまう。

いくつか当てて見たけど、どれもなんだかピンと来なくて、もう一度全体のコンセプトや、彼女から感じたエネルギーを思い出してゆく。

それは、とても曖昧で、掴みづらい、でも確かにそこにある、具体的ではない何かだった。

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とかではなくて

もう少し、だだっ広い高原とか、ちらちら森の中に差し込む光とか、川のせせらぎとか、そういうものだったんだ。

 

それで、あそうか、じゃあ、BIOにしよう。

わたしはそう決めた。

 

いただいていた別の名前とのバランスを考えたときに、それだけ凝った何かを指す言葉じゃないほうが、良いと感じた。

シンプルで、誰にでもわかり、とても簡単すぎて、

あたりまえにそこにありすぎて

みんなが掴むのに

四苦八苦するもの。

 

 

それこそが、本来わたしたちが向かってゆく、高くて清いエネルギーだから。

 

 

日本で、有機・オーガニック、の本来の意味をきちんと計って取り込んでいるひとは、一体どのくらいいるんだろうか?

そんなふうに思うほど、一人歩きをしている言葉。

 

本来それは、農薬が何%だとか健康にいいとか、、ヴィーガンとかマクロビオティックとか、、、

無関係である。

 

 

それは、「生きている」という意味なのだ。

 

人間や動物のちっぽけな生のことじゃなく、

 

ふかふかの、生命が、光や音や、空をゆきかう雲や、そこに生えているお花やきょう食べるチョコレートのなかに

すべてに宿っている、という意味。

 

 

ぱっと見て、「意味がよくわからない」くらいに広く、シンプルな名前。

そこにこめられた意味に、引っ張られたり限定されたり、本質から外れないように。

もともとの、大きく広く、高い次元を思い出しながらYさんがよろこびを感じられますように。

 

とてもかわいいと思う。

💗

 

 

 

 

 

 

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