ヴィーガンとオムニボアをつなぐ旅

発達障害

セクシュアルマイノリティ

ヴィーガン ベジタリアン

 

まだまだ、今の日本で「ふつう」とされる人々との間で、意思疎通がはかれない少数派たちの現実

今日は、

 

「ヴィーガンの人から連絡があって困った」

というような内容を投稿でもらって、自分なりにつなぐには

どんな言葉を使おうか?

 

と考える時間をもった。

 

宗教と宗教の区分けみたいなのがほとんど存在しないみたいな日本において、「自分と違うもの」に対する反発と抵抗は、半端ない。

 

それは無意識に行われていて、世界を分断してしまう。

 

世間で、すこしづつ認知されるだけでなく動きを見せる色々な変化。

ヴィーガンというあり方や、環境問題や世界平和みたいなものを

とってつけたような理想の正義としてではなく

本当に、自分の真横でリアルに栄養失調に苦しむ飢餓の子供たちを感じたり

目の前でリアルに、人間に食べられるために拷問にかけられるような環境で飼育され続けている動物の痛みを感じたり

そしてそれが初めて、自分とは関係ないことではないのだ。

と感じた上での選択や、意思

 

 

借りてきた世界平和の概念で、何かが変わることはない。

人間のエゴで、動物愛護をうたったり、人間のエゴで、「助けたい」が蔓延する日本の今の状況を

ちいさな場所からでいいから、変容させて

 

分断されたふたつの世界をつなぐことに尽力したい。

 

ヴィーガンに興味がある方からの声は結構いただくけど、これからもっと増えるとおもう。

そのときに、ファッションや豊かなひとたちだけに許される、ラグジュアリーな健康管理、ただのカルチャーとしてでなく

本質が根付くように

話しをしていきたいなと思う。

 

 

果てしない旅だな。

 

 

 

 

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