記憶障害・記憶喪失いろいろ


ところで、ボスがまえに
記憶喪失のように生きる
とゆうタイトル?の記事を書いてた気がするんですけど、
そんで記憶に障害がある、と最近読んでもピンと来なかったんですけど、

マイサンは思ってるよりポンコツ と力説されてる記事で
朝起きると自分が何者か忘れてる
と書かれてるのを読んで、

そのレベルで記憶がないんか!!
記憶喪失のように生きるてかほぼ記憶喪失!!!
と衝撃を受けました。

 

 

女神の告白室にて24時間自由にみなさんからの投稿

お待ちしています♪

 


 

これね。。。

 

本当、最近たびたび、人に困ってることを伝えて助けを求めるために、

記憶がどんなふうになってるかを少しづつ話すようになって、自分でも謎がとけてきました。

ていうか、記憶が悪いって検査受けるまで気づいてなかった。

みんなそうなんだと思ってました💦 まじでショックだったし。。。。

 

記憶

 

って漠然としてて、みんなにとっても「忘れる」が、普通にある以上

何が困るの?誰でも忘れるよ。d

って感じだと思うんだよね。

 

アルツハイマーとか認知症とかとは違うんですか?とか、誰にでも忘れることはありますよ、とか、わたしが過去のことを話すと、「ほら、ちゃんと覚えてるじゃないですか!大丈夫!」

とか言われます。

 

アルツハイマーとか認知症は自分がよく知らないので、違いがわからないです。

よくある、自分が何者か事故などで忘れてしまうような、一時的な全てを忘れる「記憶喪失」ともちょっと違う。

 

 

数日前に美容院にいって、前の店舗であの人みたことある。っていう話をしたんです。

そしてまさに、「ちゃんと覚えてるじゃない〜!」って言われたんだけど、

覚えてることは覚えてるんです。多分。

 

でも、それを、適切なときに引き出せないのが障害。

 

たとえばですが、朝美容院に行くとするでしょ。

そうすると、美容院に行ったことは覚えてます。忘れないです。

でも、それが、今朝行ったのか、一年前に行ったのか本当にわかなくなります。

 

起こったこと、経験したこと、それは鮮やかに蘇らせることができて、でも

連想ゲームのようにしか出せないのです。

過去のことをエッセイで書くと、たびたび「ものすごい詳細を覚えていて、すごい記憶力だね」と言われます。

仕組みが根本的に違うんだよね、きっと。

 

”伝えたい”という気持ち自体

で書いた本の、自閉症のぼくが飛び跳ねる理由の中では、

 

普通のひとが記憶が線で結ばれているのに対し、ぼくたちは点が散らばっているような感じだ。

と書いてあるんですが、まさにそんな感じなのです。

 

きのう・きょう・あした・あさって

1時間前・15分前・今・15分後・1時間後

 

みたいな感じでみなさん時間を認識してると思います。

 

それが、わたしの場合は、

 

今 ・昨日・150年前(前世)・20歳くらいのとき・3ヶ月前・19歳のとき・1時間前・2ヶ月前 以下略

 

みたいなかんじで、前後が関係なしに飛ぶの。

なので、20台のときの経験が、それ自体は鮮明に覚えてるけど、いつ起こったのかがわからない。

 

アメリカにいたの前世だったか….

 

そういう感じなんです。

 

あとは同じ原理で、ぱっと赤が光って、次に緑が光り、最後に青が光ると

ふつうは赤、緑、青の順で光ったな。と覚えているらしいですね。

 

わたしの場合は、赤が光って、「お、赤」とまず思います。

それが消えた瞬間に、さきほどと同じで、

「赤がいつ光ったのかが過去というブラックホールに落ちる

⇨緑が光る「お、緑」

と緑を認識した瞬間に、さっき何色が光ったのかがわからなくなります。

当然、青が光ったときには、数秒前に光った「赤」は1万光年くらい向こうのほうに消えてしまうので、

いま何色が光った?と聞かれると

 

「青だとおもう」

(゚∀゚ ;)

これすらリアルに危うい

 

 

のです。

 

 

これが、日常生活が非常に困難で不便な理由で、発達障害でよく片付けができない・予測が立てられない原因のひとつだと思う。

 

つまり、洗い物してから着替えて、化粧してxx:xxまでに洗濯干そう

 

というのは、とっても時間軸の上を線で結ぶことができなければ不可能。

洗い物をすることはできます。でもそのあと何をすればいいのか、わからなくなるし、たまたま目の前に服が見つかって運良く着替えられた瞬間に、洗い物をしたことは覚えていないわけで、

ふつうに順序よく準備をすれば10分で終わることが、5時間かかったりするわけで….

😭

そのかわり、ひとがそばにいると10分で終えられます。
そのひとが、示唆するというか、次をさがしているのを察知できると、「着替えだ」

と気づけるんです。

相手の時間軸を借りることができるのです。

不思議だけど、ひとりでいるとチーンてなってて、ひとがいると、シュッと動ける。記憶が関係してます。自分が発達障害であることを誰にも気づいてもらえない理由も、ひとといると普通に見える、そういう理由からだと思います。

 

あとは今書いてて思ったけど、「そのひとが何を感じてるか、何をおもったか」がわかるのです。自分は完全に空っぽでも、相手がいくつかの工程を頭に描いていると、それが感じ取れるんだと思います。

 

 

ひとの名前を覚えるのは昔から苦手だけど、自分の名前も結構忘れる。というかは、毎日郵便に自分の名前が書いてたりするから、そういう意味で「毎回たまたま思い出す機会に恵まれてる」ことは、覚えているように見える感じです。

目にする機会がなかったら、ふつうに忘れるとおもう。

キャシー、って呼ばれたら、わたしキャシーっていう名前なんだって多分ふつうに思いそう💦

 

 

今はそんなこんなで日々苦戦していて(もともとだけど)

そういうのを理解した上で、一緒に住んでくれるひとを待っているところ。

 

息子は記憶力はわたしよりはいいけど、まだなにせ年長さんだから、一緒に忘れちゃうんだな〜😅

 

みんな、それぞれ得意不得意がある中

著しく抜け落ちてる部分は、やっぱり「不得意」の域を超えてるから、ひとの助けがなくては生きていけないと毎日おもうのでありました…

 

 

 

 

 

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