殺生フォビア

エフィアスの”フィ”は、フィリアとう

ひとつの愛のかたちの頭文字をとったものです。

エフィアスの由来>>

いろんな愛のなかでも、わたしのThe giftのサービスの

テーマにもなってる

[みんなが生まれ持ってきたギフトを生かしながら生きる。]

というお仕事だったりとか、ほんとうにやるべきことに打ち込んで生きているかとか、ほんとうの意味での”自分として自分に責任をとる”愛の部分。

これはみなさん生まれたときにどこからスタートか様々ですが、そこを開花していくお手伝いをするのもわたしの大切なテーマです。

 

ところでフィリア Philiaの反対語ってご存知?

Phobia フォビアといいます。日本語にするとそれで、”恐怖症”という意味。閉所恐怖症だったClaustrophobia 

フォビアがつきます。

 

すべての感情やらエネルギーをもっとも核の部分までつきつめていくと、それは「愛」か「恐れ」になると言われてます。

思いやりとか感謝だとか優しい感覚

怒りや不安や嫉妬みたいな嫌な感覚

 

おおきくわけると、愛か恐れか、ってことですね。

 

 

それでフォビアの話に戻るんだけど、今はちょうど夏の花が枯れはじめるのでそれに合わせて秋冬の花に植え替える時期で、きょうもせっせと土いじりをしていたわけです。

 

わたしは虫が異常に怖く、土をほっていて小さい虫が出てきた瞬間にぎゃあと叫び、とったり移動してもらうのも誰かをよんできます。

こないだは夏の花壇マンションのところをやってたときにセミの幼虫がきて、みれいちゃんのおじいちゃんが通りがかったから、「お願いします」といって

とってもらうまでじっと待ってました(誰か助けてくれる人がくるまで)

 

この得体のしれない恐怖は、まさにフォビアというにふさわしいくらいの理由がない怖さで、わたしのばあいは写真をみるのもこわくて、本とかテレビも見られない。

ちょうちょとかもちょっと怖いんだよね。

 

よく絶対虫はまいさんのほうが怖いと思ってるって!といわれ、

 

それで昨日やはり幼虫やらミミズが次々登場する中で

「キョエ!!!」と声をあげながら、

一体なにがそんなに怖いのだろう?

 

とすこし考えていたのです。

 

 

そしたら、もしかするとわたしは、虫自体が怖いのではなく、”殺生” つまり 簡単に命を奪えてしまうその感じが怖いのではないだろうか?

 

とおもったのだよね。

 

鬼滅の話になって、わたしはそれが怖くて見られないと。基本殺人やら戦争の話や、ホラーみたいなやつは一度もみたことがないくらい怖いんだけど、

 

それは、「いのちを奪う」ということがあたりまえに繰り広げられていることへの恐怖なのかも。

 

そうおもった次第です。

 

たとえば土をスコップでガシガシやっていると、ミミズなんてあっというまに気づかぬうちにちぎってしまうでしょ。😭

 

それで世界を見渡してみたら、とてもはかなく当たり前に奪われてしまいそうな生き物自体に、とても恐怖を感じることがわかってきました。

 

わたしは長い間ベジタリアンだったり瞑想にいくと殺生が禁止されていたり、蚊も殺しちゃいけませんよという教えに長くいた。

今はマクドナルドも食べるんだけど、

 

それでもなんていうか、生きとしいけるすべての命が

ほんとうにどんな小さくても大切にされる世界になるといいなと思いながら

すこし、フォビアのなかにあった愛に気づいた瞬間でした。

 

 

みなさんもフォビアがあるときは、なにかその中にギフトが隠れているかも。
フィリアとフォビアは表裏一体ということね。

 

 

 

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