癒しの道に入ったキッカケと、蓋をあけたら

 

まいさん私ね、そもそもこの癒しの道?に入ったキッカケの一つが、
いつも、常に、
うまくやれる、人に嫌な思いをさせない、もやもやした自分ではない、ようになる
て感じのものだった

できるときと全然できないモードのときがあって、
じゃあいつもできるほうになればいいじゃん、て思ったんだった

でも常にできるってありえないよね
なんかバカみたいじゃない?恥ずかしいよ
ありえないこと目指してたとか…
それで長年苦しんできた
これはどうすればいんだろ

でもたぶんそれさえも意味があるんだろうとは思うけど
まぁそう思いたいってのはあるけど。。。苦笑。。。
なんか今書き始めたらこうなった

 

 

女神の告白室にて24時間自由にみなさんからの投稿、お待ちしています♪

※以前の url https://asuliss.com/lilac でブックマークご登録されている方がいらっしゃいましたら、大変お手数ですが新告白室 https://ephias.com/lilac  のほうに変更のほうよろしくおねがいいたします

 

 

前に、いただいたことがあるメッセージに

「癒しの道を進めてみたら、じぶんが思っていたのと全然、ちがった

全然違ったけど、別の意味で、それが真実なのだとわかって、ほんとうによかったんだったって思った」

 

そういうものがありました。

 

 

わたしも多分、同じだったとおもう

幸せになりたくて

こういう自分になりたくて

こういう夢をかなえたくて

それで、邪魔をしてる何かがあるならとってやろうと。

 

 

その一心で、癒しを進めれば進めるほど

愛のことを知れば知るほど

なんて、わたしは大きな勘違いをしていたんだろうと思うことばかりだったと思います。

 

そして、

「こういう自分にどうしてもなりたい」から来る苦しみから解放されるために、

「なりたい」を手放して、

「こういう自分が許せない」と苦しむ自己否定から解放されるために

「受け入れる」を選択し

その繰り返しを、何度も何度もやることで

わたしたちは、本当に、本当に磨かれていくんです。

 

 

なりたい自分を諦めたはずなのに、輝きだす本質

それはそれは、どの瞬間も

祝福と愛のやさしい涙に満ちていて

 

いま自分の過去や、これまでのみなさんのくぐり抜けてきたそのプロセスを思い出すだけで

いとおしさに胸がいっぱいになります。

 

 

最初、あれ?わたし目標を定めてた位置自体がもしかして、違ったんじゃないの?

を気づき始めるときはいろんな反応がおこる。

上にいただいたみたいに、あれ?どういうこと?と戸惑うこともあれば、絶望することもあれば、強い反発が起こることも、ひとによって、内容によって、いろいろさまざま。

 

 

それでも最後、静かに「ほんとうの自分」をまるごと受け入れることができるときの

そこなしの優しい愛に満ちた言葉にできない解放を

ぜひ近々目撃することを

おたのしみに。

と言いたいです。

 

 

 

 

 

コメントする

メールアドレスが公開されることはありません。