差し込みはじめた光

わたしは、これまでだって、ずっと、甘やかされて、ずっと、大切にされて、ずっとずっと依存することを許してもらってきたんだ。

だれに責められるわけもなく、だれもが、なぜわたしがこんなにも苦しむのか、理解できないことばっかりだったと思う。

ノイローゼになってもパニックになっても支離滅裂に毎日命を断とうとしても、それでも両親は、わたしに愛想をつかさずに真摯に耳を傾け続けてくれたし、最愛の息子もいて。

でも、ずっと、甘やかされて、大切にされて、依存することを許そうとしたた誰かは、わたしが苦しみ続けるのをみて必ず見捨てた。

そのたびに、なにか責任を感じたりせずに、ただそばにいてほしかったのに。

そう思ったものだった。

 

感情の解放や、浄化、癒しというのは、なんというか、個人で行われるものだ。

個人で行われるけれど、それは世界へと余波を広げていく。

その膿出しは、最初だけ痛いけれど、この前メッセージでいただいたみたく、慣れて毎日365日くらいやっていると面白いしエンターテイメントになってくる。

じゃあ、それはある意味無限に続く旅であり、終わりはないにせよ、ここまで本当に全力を尽くして浄化に当たってきて、最後それすらもう、意味をなさないように感じたとき

わたしが見た世界は、これまで何度も感じてきた、絶望でもなんでもなかった。

 

それはシンプルに、3次元というこの場所で、ただ愛されるだけじゃなくて、現実的に理解をしてもらうこと。理解をしてもらうというのは、必要な支えをもらうということだ。

それは、依存だけど、必要で健康的なものであって、わたしが思い悩み自分を責め続けてきたような、「自分はダメな人間なのだ」という誤解をといていくということ。

足をなくした人間に、何も知らずに「歩けよ」、と言う側も、「どうして自分は歩けないんだろう、なんてダメなんだ」と自分を責めてしまう側も

誰にも罪はない。

必要なことは、その人に足がないということを理解すること。

車椅子を使うことが、依存じゃなくて、幸せでいるために必要であることを

自分も、そばにいるひとも、理解することができたらそこに初めて橋がかかる。

 

わたしは必死で自分の苦しみを癒そうと頑張ってきたし、家族は、苦しむわたしを一生懸命支えようとしてきた。

それでもうまく機能しないことが繰り返される中で、初めてかかった精神科のお医者さんは、淡白なものだったけれど、それでも

「誰が悪いというわけではないですからね」

というその一言は、付き添いでとんちんかんな態度でいた母をも、もっと優しくしてほしいと恨めしそうに泣く私をも、今回の重要中心人物である息子をも、すべて包み込む気がした。

 

毎朝、毎晩、母と父が入れ替わり様子を見に来る間

わたしはたのしげに仕事をしていることもあり、泣いていることもあり、眠っていることもあり、片付けていることもある。

話し、何度もこれまでぶちあたってきた「できないこと」を理解してもらう時間。

ほかのひとからしたら、驚くくらいにシンプルなことだったり、全く憂う必要がないようなつまらないことばかりかもしれない。

それでも、毎日、毎日、小さなことを、

「これが困ったとか、これがわからないとか、これが怖い」

ってことをひとつ、ひとつ、今まで黙っていた全てを吐き出していくことで

それはこれまで自分が感じたことがないような、優しい膿出しになっていると思う。

自分の感情の処理をするのは、もうやりすぎて向こうの世界から一旦一周して帰ってきたくらいにやってきて

今、3次元という場所に、わたしはきっと初めて、足をおろすための足場を一個一個築いているのだと思う。

 

わたしは、生まれてからずっと、甘やかされて、ずっと、大切にされて、ずっとずっとすべてを許してもらってきたから、その愛の中で

こんなに愛されて、それ以上何かを求めるなんておかしいとか、

こんなに大切にされて、それ以上何を望むのか?とそう思ってきた。

 

何かを話して、わかってもらえないことのほうが多いこの世界で、それをわかってもらうミラクルが、こうやって実際に起こっていくんだと思うと、なんとも言えない気持ちが溢れてくる。

わたしはこれまでだって、自由に好き放題、やりたい放題好きな場所で好きなことをさせてもらってきて、好きなだけ休み、好きなだけゆっくりしてきたのに、

「無理して頑張ってきたんだから、これからはゆっくりしな」

と言ってもらえること。

 

それを、こころいっぱいに染み渡るように、ひとりじゃないことを感じられること。

まだ始まったばかりの旅は、うまく言葉にはできないけれど

過去、父や母を許せなくて受け入れられなくて、辛かった時間はすべて溶けて消えていく

そこには愛しかなくて、間違いもすれ違いも犠牲もなにもない
みんなが「ひとつ」であろうとする場所

息子に頼りきってきた6年を

これから世界へと委ねていって

自分がただ幸せで、このままであることを選んでゆく時間

真っ暗闇に突き落とされたあと

もがいてもがいて

たくさんの光の筋が差し込み始めてると思う。

 

 

 

 

 

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