あなたの小さな1センチの段差を上るとき

2017-02-18  セラピストとしてわたしが大事にしていること。

 

 

どんな小さな階段でも

すいすい上っていけるひともいれば、そうじゃないひともいる。

たった1センチの段差だって、越えることが怖くて怖くて仕方なく
何ヶ月もその段差の前で恐怖と戦ったあと

本当に勇気を振り絞って
本当に勇気を振り絞ってその1センチを

震えながら登れたら

 

それは、どこまでも祝福すべきことだとわたしはそう思う。

 

 

「えー!そんなの段差のうちに入んないよ!」

「ただ上がるだけだから、早く上がんなよ。先行くね〜」

 

というのは、そこに愛があったとしても
本人にとって
アドバイスのようでアドバイスではない。

 

 

人の数だけ、階段は存在する。

その階段は先ほど書いた、ほかのひとには見えないくらい
小さな段差のうちにはいらないほどの段かもしれないし

ひとによっては15センチがいくつにも重なった階段で
長い長い、お寺に続くような何百もの石段かもしれない。

 

 

それを、何百も登りきることが

そのひとにとってのチャレンジならば、お寺に着いたときに
みんなで祝福すればいい。

 

それはきっと、フルマラソンを走ったひとが
拍手をされるくらい、わかりやすいかもしれないし、

自分に誇りを感じるには十分の成し遂げたことに入るかもしれない。

 

 

でもわたしが大事にしたいことというのは、

そこではない。

 

 

 

ひとは往々にして、
自分の抱えているものなどつまらないもので

くだらない悩みを軽視しがちで
持っている能力にしても

 

こんな大したことないことは意味が無いと

思いがちだ。

 

 

石段を100段登っていくひとに

たった1センチの段差が超えられないことなんて、

恥ずかしくて言えないと

 

そう感じる。

 

 

でもその段差は、

そのひとにとって乗り越えるのが

もしかしたら誰かが
500段の大きな螺旋階段を簡単に登るよりも

もっともっと困難ならば

 

 

その1センチには500段の螺旋階段よりも

乗り越えるだけの、

価値がある。

 

 

 

 

わたしはそれならば
そのひとが1センチを越えるために

 

どんないかなる方法でもいいから

それをすると決めたときには

 

そこに寄り添おうと思う。

 

 

 

どうしても怖くて一歩を踏み出せないなら、
そのまま震えるままに横にいて

関係無い話をしたいなら、傍に咲く花について

いつまでも聴く。

 

 

こわくてできないけど、どうしてもやりたいなら

足が動く仕組みを調べて
脳が指令をだしてそして、右足か左足から
ゆっくり膝の関節を持ち上げてそして

というところまでだって説明しよう。

 

 

 

両足でジャンプするやり方のメリットから
後ろ向きで上がってみるメリットを

比較検討して伝えよう

 

 

段差があること自体が問題なら
その1センチを削る方法だって視野にいれる。

 

 

 

ひとりじゃ大変なら
ゴリゴリ一緒に、段差自体をなくしてしまうことが

論外であるなんて、

 

誰が決めたのだ?

 

 

 

それでもそれでも、
数ヶ月経ってもどうしてもその1段が上がれなくて
自分では無理だけど、上りたいなら

別の方法を提案しよう。

 

 

わたしがおんぶしたっていいし、

今時の三輪車だって1センチくらいなら
軽々あなたを運んでくれるだろう。

 

 

 

 

 

たいせつなのは

その階段が

 

どのくらい背が高いかどうかではない。

 

 

 

ひとにとってみたら
とてつもなくくだらなく見えるテーマであったとしても

 

それはあなたにとって

生死を分けるほど、

重要なことである。

 

 

 

 

そして

手を引かれ

恐怖を乗り越えて

勇気を振り絞って

 

その1センチを上がったとき

 

 

あなたは、

 

あまりの景色の変わらなさに

 

がっかりするかもしれない。

または、

 

笑い出すかもしれない。

 

 

 

たったそれだけのことが

できなかった自分を、

数ヶ月間思い悩んだ自分を悔やむかもしれない。

 

 

 

 

でも、聞いてほしい。

 

その一歩が

 

 

どれほど果てしなく大きく

あなたにとって意味のあることかを。

 

 

 

「こんなつまらないこと、

みんなすいすいできちゃいますよね」

 

 

と、わたしに言わなくていい。

 

 

 

たぶん私は横で、

感動して

泣いているから

 

がっかりしたあなたの横で

深く喜んで、祝福して、

泣いているから

 

 

だからどうか

そっとしておいてほしい

 

 

 

願わくば

 

 

一緒に

そのプロセスについて

感動して

 

そして凄いことを成し遂げたのだと

 

誇りのもとに

祝福してほしい

 

 

 

あなたがそれを越えたことで

この世界は1センチ分

平和に、幸せに近づいた

 

 

 

 

それをくだらないことだと思うのならば

わたしは自分のやっている全てのことを

くだらない価値の無いことに陥れなくてはいけない。

 

 

 

あなたがなにかを乗り越えることは

わたしを幸せにする。

 

世界に、

 

勇気とインスピレーションを与える。

 

 

 

それを盛大に祝うこと。

 

 

あなたが恥ずかしくて嫌なら、

 

わたしが代わりに

勝手に

この世の全員と祝うから

 

だからあなたは

 

家に帰ってやすんでなさい

 

 

 

 

 

 

 

 

 

人生は

1センチの階段の

連続

 

 

それを軽視せずに

1センチの段差に1億光年分の勇気をもてたなら

 

あなたの人生は

ゆっくりと

 

前に進み出す

 

 

 

 

そして祝福を。

喜びと、光を。

 

 

撒き散らしていこう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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