静けさは選択するもの

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2016年4月4日分

June 21, 2017 編集・追記

おはようございます。松永です。
一昨日Lineblogにあげたblog June 19, 2017  の
元記事というか元内容がこちら。

 


 

大都会東京は、人間とビルヂングと
”NY発祥”に溢れている。

 

 

東京2日間の出張を終えて、

わたしの選んだ休息は、「静寂」だった。

 

 

がんばったご褒美に、

ちいさな「贅沢」を自分にプレゼントすること。

 

精神的な目に見えない「自分を大切にする」に加えて、

 

具体的に

「マッサージに行く」「一人でランチに行く」

「好きな漫画を一冊買う」「花を一輪買う」

「旅行に行く」

 

などなど、

手札は多ければ多いほどいい。

 

 

「好きなことが、やりたいことがわからない」

ひとは、

もちろんそれをひとつづつ試して、探すこと。

 

 

500円の雑誌を一冊買うのと、
500円のケーキを一個頬張るのを

両方試して、自分にとって

 

「幸せ度」が高いほうを1個づつ選ぶだけで良い。

 

 

わたしにも「楽しみ」や「喜び」を
象徴する好きなものは山ほどあるけれど、

 

本当に辛い出来事があったのち

自分を慰めるために

ありとあらゆる楽しそうなことをイメージして

 

海外旅行に行くことも、
高級なエステに行くことも

 

なにひとつその痛みを和らげるとは思えなかったのだけど

 

唯一、

 

そのときボロボロになった自分に与えてあげたい一滴の雫として

頭に浮かんだのは、

 

10日間の「聖なる沈黙」だった。

 

 

 

わたしの好きなヴィパッサナ瞑想は、
実質10泊12日の間、

 

「何もしない」という贅沢を与えられる。

 

 

それを、苦行と捉える人もいるし、

たしかに最初の1、2回はただの修行だった記憶しかないが

 

そこで得られる「心の平安」は
わたしにとって他の何とも比べることのできない時間だ。

 

 

最低限の食事や風呂以外の行為全てを禁止される10日。

 

 

そこには、何があるかというと、

普段絶対に体験することのできない

 

「無」

 

がある。

 

 

 

音のない世界。

 

朝の4時半から夜9時まで、

 

目を閉じ、座る。

 

 

日々の雑多な思考からも
仕事からもウキウキ華やぐ興奮からも、

何もかもから、解放される時間。

 

 

何もせず、ただ、10日の間
目を閉じて座るという

ただそれだけの体験が

 

もたらす明晰さと平穏さは、

もう言葉に言い表すことはできない。

 

 

 

 

刺激の多い場所で
濃縮された時間を過ごすことはとても楽しい。

 

基本ひとが好きだし、いつも人に囲まれて幸せな時間を過ごしている。

 

 

 

戻って翌日、今日は1日ゆっくり自分を労わるために過ごすぞーと

意気込みながら、

 

 

わたしが無意識のうちに探していたものが

 

「静寂」だということに気づいたとき、
自分にとってのご褒美は

たくさんの「有る」を

 

どこまで徹底して遮断できるかなのだと

わかった。

 

 

 

昔から図書館とか美術館という場所が好きで、

しかしよくよく思い返せば「本も読まない」

「芸術にさほど興味もなかった」わたしが
その「場所」をいつも好んだ。

 

 

図書館で本を読んでいることはほとんどなく、
じっとそこに座ったり、ノートを広げて書くだけ。

自分を自分の中心へ戻すためにその「静寂」が必要だったのだ。

 

 

 

 

そんなわたしの近所の裏山に

大学があって、

そこの図書館がなんともだだっ広く

人っ子一人いない穴場なのだった。

 

20そこそこの学生は試験期間中以外

静かな場所には寄り付かない。

 

そうそう、君たちはコンパかバイトかセックスに
明け暮れていればよろしい。

 

聖域を近所の善良な市民、松永に譲ってくれたまえ。

 

 

適度な緑もあり、

そこには本の、紙のあの

独特の匂いがあり、

 

今日は雨音も手伝って
静けさが3割り増し。

 

 

 

 

それも含めて、

 

こうして「何もしない時間」

「静けさ」を

 

意図して生活に取り入れることができることこそが、

 

 

わたしにとって

 

何にも代えがたい贅沢なのだなあと思いながら

雨の朝を過ごしております。

 

 

 

ひとりの時間

空白の時間

音のない時間

 

 

 

それは、黙っていたらやってくるものではなく

自ら選択し、そして何としてでも守り抜くつもりで

「創る」ものであること。

 

 

「子供がいるから〜」

 

 

ではなく、

どこまで「自分のここちよさ」を勇気をもって
選択しつづけられるか。

 

 

 

わたしは、

これからもずっと

それを追求し続けていく。

 

 

 

 

Have a beautiful rainy day.

 

Love & Tranquility,

E,

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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