ヒメちゃんが死んだ日②

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2016年4月10日

①つづき

 

いままでに見たことがないくらい、

母の愛情を苦しいほどに味わった瞬間

それは猫が死んだその日だった。

 

 

 


 

 

 

 

 

 

マンションの前で

しゃがみこんで泣き続ける母親と、

 

タカタカ歩き回って道路へ飛び出しかねない
一歳児

 

わたしは、大きな声で笑い

奇声をあげる息子がそこにいることで

 

家のなかにいる母に聞こえて

まだココにいることがわかってしまう

 

そんなことを頭にチラつかせていた。

 

ひとが数組通り、

わたしたちのことを見ていった。

 

人目は関係なかったが、

 

わたしはその場を、

母の元を

 

一刻も早く

たちさらねばいけない気がした。

 

 

 

 

 

 

這いずるようにして息子を捕獲し、

 

ひめちゃんの尻尾を見つけた

坂を降りた。

 

ゾッとしたその日の朝を、思い出した。

 

 

見つけ、確認し、

そして背筋が凍るような想いで

 

 

「お母さん!」「お母さん!!!」

 

「お母さん!!!!!!」

 

と、母の元へ
叫びながら全力で走った。

 

 

 

 

 

あの日から、ちょうど10日。

 

ひめちゃんは、

静かに、息を引き取った。

 

 

 

坂をくだりきり、

 

なにかの事件を目撃してしまって

とにかくその場から

逃げなければいけない罪人のように

 

 

ここまでくればもう追っては来ないだろうという

タイミングで、

 

わたしは改めて、

崩れ落ちた。

 

 

 

道の脇の駐車場に

息子を下ろして、

 

楽しそうに転がる石で遊ぶ姿を見ながら

 

わたしはもう一度、

しゃがみこんで

 

何が起こったのかを

思い出そうとした。

 

 

 

 

 

しばらく呆然としていると
すぐ
坂の下から父の車が登ってきた。

 

 

私たちに気づいた父が車から降り、

おじいちゃんの大好きな息子は

大喜びで駆け寄って、

 

「どうした」

と言う父に

 

まだ知らないのかと混乱したまま

わたしは

 

「ひめちゃんが、死んじゃって」

 

とぐしゃぐしゃのまま、
言った。

 

 

 

 

 

父は亡くなった猫を入れる箱を

買いにいって戻ってきたところだった。

 

 

父はいつも通り穏やかで、
優しく笑いながら

 

「ちゃんとわかっててね、

さいごお母さんに抱っこされて、

にゃーと鳴いてから逝ったよ。」

 

と言った。

 

 

 

 

 

絶対的安定感抜群の父は、そのまますぐに車に乗り込んで
同じように何百回と行き来している

その猫の尻尾が落ちていた坂を

上がっていった。

 

 

そして、

息子が

 

「じちゃ」「じちゃ」

 

と、追いかけ、

泣き始める。

 

 

 

息子は、おじいちゃんが大好きだった。

わたしの父と縁が深く生まれてきていると
言われていた。

 

 

本気で泣きはじめ

坂を駆け上がっていこうとする息子を見て

 

いつもなら

 

「はい行くよー。
おじいちゃんは
また明日遊ぼうねー、
バイバーイじいちゃーん」

 

 

というのだが、

その日は違った。

 

 

 

「戻らねば」

 

という感じがした。

 

 

 

自分でもよくわからなかった。

 

「帰って」と言われ、

混乱したまま現場を去ろうとし、

 

そこには戻ってはいけなかった。

 

 

少なくとも、

母はそれを望んでいな(かった。)いと言った。

 

 

 

わたしはゆっくりと元来た道を戻りながら、

息子をベビーカーにもう一度乗せて

坂を上がった。

 

 

一歩、一歩、

自分の足がしっかりと道路についているのがわかった。

 

 

 

「戻らねば」

 

 

戻ってどうするのか。

 

猫の死体が一匹だ。

 

別れを惜しむほど、
図々しくさよならを言っていいほど

わたしは猫と関わってはいなかった。

 

実家にいくたびに一回か二回

なでればいいほうだ。

 

いつか小さなうさぎが死んだとき
妹が、私が悲しむ姿を見て
「たいして可愛がってなかったくせに」と
冷ややかに言ったのを思い出す。

 

 

自分の流している涙の正体も、

わかってはいなかった。

 

 

 

 

でも私は、

どうしてもそのとき、

母とひめちゃんがいるその場所に
戻らなくてはいけなかった。

 

 

 

「だから帰ってって言ったでしょう」

と怒られることを想った。

 

 

「来るんじゃない」と

もう一度言われることを想った。

 

 

部屋に入るなり

「帰って」と言った
母の後ろ姿を、

 

ひめちゃんを抱えた

細くて小さな背中を想った。

 

 

 

わたしは、

 

「わたしも、ここに居たい」

とだけ言う心の準備とともに、

 

足を踏みしめた。

 

 

何かを言われたら、

 

泣いて喚いて

「ひめちゃんはお母さんだけのものじゃないよ

たおくんも、ヨシヨシしてたよ」

 

と言い返してでも

 

自分の意思で、そこに戻ることを決めた。

 

 

 

わたしは母の言うことに

ほとんどすべて逆らって生きてきた。

 

だから、母の言いつけに背くことは
まったく新しいことではなかったのだが

わたしはいつも、母より弱かった。

 

 

母の影響力という大きな壁の前で、
絶対に破れないその壁に

小さくパンチするような

悪あがきしかできずに

 

いつも、母を前にすると

全ての言葉が喉につっかえて、

恐怖とともに飲み込まなければいけない感覚を

味わい続けてきた。

 

 

 

 

 

 

 

その朝

坂を上がることを決めたとき

ほんの小さな行動かもしれないが

 

母に背く自分の決断を、

何をどう言われようとも

震えながらも
貫くことに迷いをなくしたのは

 

おそらくその日が

初めてのような気がする。

 

 

 

 

 


 

 

家のなかは思いの外

とてもおだやかだった。

 

はこのなかに、そっとひめちゃんを入れて、

いつも丸くなっていたベッドで使っていた毛布を

かけるところだった。

 

 

 

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尻尾

だから、いまを。

根底の理由 マグノリア

根底の理由 幸せにしたい

春-Catnip-いないいない

辛くて、いい

わたしは、母を、 幸せにする。

ヒメちゃんが死んだ日①

あなたが、誰かを傷つけたくないのはなぜですか?
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