女神 ‘s Kitchen②

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2016−1−25分再投稿

 

 

ちなみに、時々

「まいにちのご飯の用意が本当に苦痛で」

 

という話を聞きますが、

 

やりたくないなら普通にやらないほうがいいかと。

 

 

わたくしに限って言えば

今だかつて

 

「料理」するにあたり「いやだなあ」と思ったことは

一度もありません。なぜなら、

 

「作りたくないときは作らない」からです。

 

 

そんだけ。

 

 

ついでに言えば、今までおつきあいした数々の男性のために
せっせと美味しいものをこさえようとしていましたが、

 

 

自分の作った料理で
相手を満足させられなかったことは

一度たりともありません。

 

 

 

 

これだけは自慢ですかね。

 

 

 

 

 

 

 

 

話は戻り、数ヶ月家事放棄をしてすごしてみた結果、
本当に自分がやらなくても

「人が手伝ってくれたり」「お金を払ってやってもらう」ことは
実は全然簡単だったり

 

 

「やらない」と決めるだけで、

きちんとそれ相応のものが引き寄せられることは

しっかりと体感できました。

 

 

山下は家事も料理もものすごく得意です。

 

 

 

 

そして満足して自分の中心にぐるりと戻ってくると、

 

「料理をしない」理由はこれといって特になく、

 

 

「普通にやりたいからやる」

という選択に立ち戻ってきたというわけです。

 

 

 

 

ちなみに私が家のことが好きな理由のひとつとして、

 

「暮らし」を美しく整えることは

ほかのどんなことよりも Meditative な作業だと思っていることがありますね。

 

 

丁寧に今にあれ

 

 

に書いた「今この瞬間の手に触れた水の感覚を味わう」にあたり、

 

「家事」「料理」なんて、うってつけなわけです。

 

 

 

ちなみに過去に

「今にある感覚」を体感し始めた20代前半のとき、
(そのときはヨガがきっかけ)
当時はまだそれが「自分と繋がる」「今にある」状態だとは知らなかったのですが、

知らなかったわたしは

その状態・感覚を日記のなかでこう表現しています

 

 

 

「わたしは遂に、ほかのひとが見えない

世界の美しさが見えるようになったのだ」

 

 

 

↑大げさですが、

「今にある」とは「美」を最大限に味わう

唯一の方法でもあるようです

 

視界がはっきり変わります。

 

 

 

 

でその時数ヶ月フランスに住んでいたのですが、

 

朝5時くらいに起きて、まずヨーロッパのあの硬い水で湯をわかし

白湯を体に流し込み、90分みっちりヨガをやるんです。

 

4ヶ月ちょっと滞在していたのですが、
毎日朝90分、夜60分「毎日かかさず」やりました。

 

(今思い出すとストイックですねー。ようやるわ。)

 

で、その時にヨガを終えて
「強い求心力で「今」に完全に根を張っている状態」で、

 

本当に静けさに満ちた感覚のなか、

朝ごはんの準備を始めるのです。

 

 

そして、

 

「豆を炊く」ときに、

 

 

 

 

「なるほど。

 

精神統一をしたかったら、

 

 

「豆を炊く」のがいいんだな。」

 

 

とその時はっきりと確信したのを

よく覚えています。

 

 

 

 

 

わたしが何を喋っているのかわけがわからん方と
「うんうん」とうなづいている方に分かれそうですが、

 

とにかく「料理」とか、「パン・お菓子作り」とか

 

時間をかけて丁寧に手先をつかう作業

 

 

というのは

こころを落ち着かせる、「今」に立ちもどるのに

本当に有効なのだということが言いたいのです。

 

 

 

 

 

だから、当然やりたくない時はありますし、

オエオエ感情を味わっていたり
「今」から足を踏み外して自分の軸から外れているときなんかは

とてもじゃないけど

 

「豆なんて炊いてられるか」というのもわかりますし、

やらなくていいです。

 

 

 

 

でも逆の発想として、

 

 

「いろんな感情から解放されて幸せになったら

「パンを作るようなゆとりのある暮らしをしてみよう」

 

 

 

と思っている方がいらっしゃいましたら、

 

それを反対にしてみるといいですよ。

 

 

 

 

「丁寧に、湯を何度も捨てて

時間をかけてことこと豆を炊く。」

 

 

それをまずやってみると、

 

自分が「今」に戻ってくる感覚を
そこで味わうことができるでしょう。

 

 

 

だから「料理が嫌いだしめんどくさい」という方は、

 

その本質的な醍醐味というか、

 

「今晩作るものを用意する」以上の

それに含まれたたくさんの要素を見落としているのかもしれません。

 

 

 

好き嫌いは当然ありますので、
いくら「スポーツはいいよ!」と言われても

全然興味もないし、やろうとも思わない私と同じように、

 

 

料理に興味がなければ
ぜんぜん毎日外食でよいかとおもいます。

 

 

 

 

 

そして当然、料理じゃなくても

Meditative (この場合心を落ち着かせるの意)
な作業はどこにでも転がっていますので

 

 

好きな音楽に耳を傾けるもよし、

ただ、冬の寒さの下でポケットに手をつっこんで

外を散歩するもよし

 

満月の夜に月を見上げてじっと過ごすもよし、

 

 

 

あれこれ「悩み」にとらわれながら

いろんな方のブログサーフィンされて
思考に振り回され

「疲れてる」ことにすら気づいていないひとは

 

 

ちょっとだけ休憩して、

 

 

 

「今」にお帰りなさい。

 

 

 

 

 

豆を炊くといいですよ。

 

まめをね。

 

 

 

 

 

 


一年半後に、まさか女神の台所を開くことになるとは
これを書いたそのときは、

一ミリも想像しておらず。

 

 

なぜ一回目のテーマが豆炊きなのかということについて

思い出そうと過去記事を引っ張りだしてみました。

 

 

 

今日一名様お申し込みがあって

もはやこないだpredictable の記事を書いた時点で、

早速お申し込みがくるっていうこと自体

自分のなかでunpredictable だったので

 

ひゃっほー!ってなりました。

 

 

5月11日のお申し込み、まだまだ募集してます♪

 

 

 

そして今回、

すごい素敵な音源を作ってもらったので

女神の声とともに、絶対聞いてくださいね

 

ニネターブルスポット(告知用音源)

 

 

 

 

 

 

1 Comment

  • Shigeo Ishikawa Posted 01/25/2016 19:45

    そうだったのか~。
    言われてみれば確かに、掃除一つとってもMeditationですね。
    ブログサーフィンして疲れていることにも気づかないって・・・・。
    心当たりがあります。

    豆を炊くか~。もう20年くらいしていませんでした。

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