すべり台の夢

1週間ぶりに風呂に入った。

病気でもないのに、風呂に入らず着替えず、1枚のセーターを着たまま人に遭わず何日も過ごしていいというのは、春の木漏れ日級の幸せだ。

 

自分の世界の構築と、自分の世界以外の世界との関わりはどちらも大事だが、どちらかに疲れたら、ただ休めばいいということがわかった。

どこまでも自堕落に、というのはどこまでも快適に、と言い換えることもできるが、わたしの場合先日のメルマガに記したように、とことんだらしなく過ごす=家から一歩もでないことを意味しているようだ。

にちようびに、息子と一緒に1日過ごしたが、一歩も外に出なかった。退屈でやることがどうしても無くなったら家の前にはすべり台もある。息子は毎日すべり台を楽しみに夢見ている。しかし、やってみれば家の中で退屈になることはなかった。

朝起きて、本を読んで、YouTubeを見て、パンケーキを焼いて、食べた。本を読んで、ゴロゴロして、また本を読んだ。息子はネンネごっこにはまっており、敷きっぱなしの布団の上に転がっては「たおくんネンネしてるよ」とアピールしてきた。

楽しかった。昼ごはんは、外に買いに行くことも外食することも、めんどくさいのでスパゲティを作った。スパゲティを作るのは、コートを着て靴を履いて、階段を降りて外にでて何を食べるか考えることよりも遥かに楽チンなことがわかった。

さほど美味しくもできなかった、シーフードと豆乳のクリームソーススパゲティに、塩をかけながら腹九分目まで食べたら、敷きっぱなしの布団の上に転がった。カーテンを閉めて、春の陽気で明るく爽やかな空を横目に、薄暗くなった部屋の中で寝たふりをして、気付いたらわたしだけ寝ていた。

わたしが寝たあとに、息子は冷め切って乾いたスパゲティを綺麗さっぱり平らげた。エンジンがかかるのがいつも遅いが、全員が食べ終わった後も最後まで延々と食べ続ける男、齢2、5歳。

そのあと、もう一度、寝たふりをしながら、齢2、5歳に寝るかどうか訊いた。寝るというので、一緒に布団に転がると、間もないうちに愚図りもせずに、静かな寝息が聴こえてきた。

その寝息に誘われて、わたしはもう一度、目がさめるまで、眠った。

 

一度も外に出ずに、最後まで楽しい時間を過ごして
夜、レゴのブルドーザが欲しいというので、ばあちゃんに電話して、買ってと頼んでみよう!と提案。

車で三分の実家に、テレビ電話をかけて、ばあちゃんに向かって

「ブードーダ、かって!」と意気揚々と話しかける孫に
ばあちゃんは、「ブードーダって何だっけ」と真剣な眼差しであった。

ばあちゃんに、今日何したのか訊かれた息子は、嬉しそうに、

「しゅべいだい(すべり台)、シューってやったよ!」と言っていた。わたしは黙っていた。

ばあちゃんに、今日何食べたのか訊かれた息子は、嬉しそうに、

「カレー」と言って、わたしは、

「たおくんパンケーキとスパゲティと大根食べたじゃん」

と言った。

 

 

 

 

 

 

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