過去を濯う

 

過去を遡り、洗う作業。

いままで手をつけなかったのが不思議なほどに感じる。

膨大な棚卸しに入った。

 

そこに入ったら、ひたすら作業に時間を当てて

ほかのことが手付かずになることがわかっていたから

一度も箱を開けることをしなかった部分だ。

 

10年分の記録と、

アクアエスリスの記録合わせて

記事数は1500以上に及ぶ。

 

ひとつひとつ精査して、

読み返し、てを加え、削除し、

 

今でも光を保っている言葉たちを

残していく。

 

 

 

 

過去記事の整理する中で

自分でもびっくりするほどの

不純物に満ちているのがよくわかった。

 

 

たった数か月まえのものでも、

その不純物というのは

 

わたしにとって

脇目も振らずに大切にしていたものばかりであった。

 

 

 

 

それをひとつひとつ、

ていねいに取り除いていく。

 

 

 

毒を抜いていく作業。

 

それは、

わたしがわたし100パーセントの純度に

もう一度戻る作業でもある。

 

 

 

全力で走り抜いているときは
そこに何が混じっているのかは、

ほとんど見えない。

 

 

スピードを緩めて

立ち止まって

はじめて

自分がどこに立っているのかが

 

ようやく見えるのである。

 

 

 

わたしは走り続けたかった。

だから、わたしが散らかした場所を片付けてくれるひとを

ずっと、探していた。

 

 

いまは一旦、

走るのを辞める選択をしてみる。

 

そのなかで次々に

拾われていくもの。

 

 

 

 

「過去を濯う」という言い方が、

とても好きだ。

 

 

 

 

 

眠ろう。

明日のために。

 

 

 

 

 

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