チーム

 

 

ちなみにわたしは、完全なる個人プレーバッキャローで

いままで来ていますので、

 

コミュニティとか集団とかチームとか会社とか団体に
属したことが一度もございません。

これは一時確かに恐れとか、驕りとか特別でいたいというような
エゴが悪さしていたような時期もありましたが

それを抜いた上でも、

 

性質的に、個、のほうがより自分を表現しやすいというのは

最近ようやくわかるようになりました

というか、それしか生きて行く術がないのです。

 

 

いまは完全にチームで動いていますね。

そしてチームの輪を壊すのはだいたい私であります。

わたしが壊すと、壊した瞬間からフォローが入ります。

みんなは、わたしが世界を破壊する補修作業にきているようなものかと。

 

その度に、死にたくなるのですが

チームで何かをしたいもなにも、

 

ひとりじゃなんにもできないわけですから

みなさんのおかげで

生きながらえているようなものです。

 

ここに来て本当に、

チームの素晴らしさというか
一対一でもなく、三角形でもなく

全員が、それぞれをうまくカバーしながらフォローしあうという

そのチームワークを目の当たりにして

自分ごとながら自分のことじゃないみたいに
遠くから眺めて日々感動しているようなところがあります。

最初は、

スタッフとか、チームという言葉を使うことすら
慣れなくて、おこがましくて抵抗感いっぱいでした。

もちろん大勢のひとに助けてもらいながらきたけれど、

チームという形で動くことは機能したことはなくて

ずっと、独りだったのですから。

 

 

 

 

 

 

**

ニネのコンセプトをいただいて、

「寧々は、わたしの”娘”です。」

という一文を目にしたとき、わたしは、途方もなく、ざわざわとする感覚に見舞われました。
しばらくして、それは、一種の気持ち悪さだ、ということに気が付きました。

 

わたしは、これまで、チーム運営ということにとても関心があり、いろんな場づくりの現場を見てきました。
そして、本質的だと思う場づくりの現場にふれたとき、いつも、
「気持ち悪さ」がやってきました。

それは、セクシュアリティの露呈であり、チームや、社会という公の場で、

垣間見える、とても個人的な、性の露出であるように思います。

 

わたしがすばらしいと感じる場づくりは、いつもそこから始まるのです。
公で固めた、プラスティックで、無機質なだけの現場には、
こころ惹かれないのです。

 

でも、それは、手放しで飛び込んでゆけるほど、私の身体にはなじんでおらず、
その違和感が、わたしにとっての気持ち悪さとなって、近づいてくるのだろうと思います。

 

 

たとえば、普段ひどくまじめな顔をして仕事している横顔のきれいなメガネの公務員が、
なんだか急にストリップを強要してくるような、
そんな違和感とともにそれは立ち現れます。(きらいじゃないシチュエーションですが。)

 

 

**

わたしは、今年のはじめ、2017年の目標として「溺愛」ということを掲げました。
私を溺愛してくれるパートナーと出会うこと、
溺愛するメンバーとともに、チームを組むこと、

わたしが、私自身を溺愛していること。

 

 

去年までの数年間(厳密にいえば、もっともっと長い時間)、わたしは、
根底から自分自身を否定し続けたので、その大きな祭りが去った今、

わたしが現実をつくるのであれば、それは、
このわたしが手で触れることのできる範囲を、

どうしようもなく溺愛していくところから、それは始まるのだろうと思ったからです。

 

 

まいさんのくれたニネへのコンセプトやおもいは、
それをまっすぐに刺激するものでありました。

 

わたしは、一瞬、ひるみました。

そして、自分が掲げた目標が、想像以上に壮大であり、
能動的であることを目の当たりにし、逃げ出そうかと思いました。

 

 

でも、同時に、とうとうきたか、と、

淡白な思いで、それに降伏しようとするわたし自身もいました。

 

 

なぜなら、それは、今までにも何度か目にしたことのある光景だったからです。
ああ、確かに懐かしい。もう、わたしはここから、
世界に向き合っていくしかないのだな、

この壁は、今私が逃げ出したところで、またどこかに立ちはだかるのだろう。

きっと、それを超えたところに、
わたしがみたいと心の底から欲している世界があるのだろうと。

 

 

「溺愛」ということは、私が一番恐れていることであり、
渇望していることであり、それにもかかわらず、幼いころから、

ずっとずっと周りにあふれていた、なつかしいものでもありました。

 

 

わたしは、かえってゆくのか、新たにあゆみだすのか、よくわかりません。

真逆に見える、二つの道を、同時に歩んでいるのかもしれません。

 

 

ニネにたずさわることによって、わたしは、この気持ち悪さの中心に、
触れにゆく旅に出るのだろうと思います。

わたしのなかの愛とは何か、その醜さも美しさも含めて、

つまびらかにしてゆく作業をしていくのだろうな、と思います。

 

 

とてもたのしみで、すこし、こわくもあり、
それにどっぷりと潜り込みたい気持ちと、

逃げ出したい気持ちを同時に抱えています。

 

 

なんだか、そういうことを、ただただ、おもい、
世界観をつくりこんでゆく、
細かな作業に取り掛かるまえに、ぜひ、
まいさんに、お伝えしたいと、
なんだかとても、おもったのです。

Minnie

 

あなたの鎧をおろすとき(スタッフ募集)

https://ephias.com/2017/01/30/8918

 

 

山頂をみつめるただの娘たち
『スタッフ募集』
ここでの仕事は、例えるならば
何も知らない裸の女神に、服を着せるようなもの。
測量士・ミニーより

 

 

 

とてもたのしみで、すこし、こわくもあり、
それにどっぷりと潜り込みたい気持ちと、

逃げ出したい気持ちを同時に抱えています。

 

 

ちなみに、

わたしもまた、

自分が発端でありながら、

とても楽しみで、すこしというかは大分怖く、

どっぷりと潜り込むもなにも

 

今すぐに全員置いて、先頭切って逃げ出すわあ、 バイビー

 

という気持ちでおります。

 

 

そりゃ

自己幻滅祭りにもなるわな。。。

 

 

はい。

 

降伏して

とりあえずみんな巻きこんではじめの一歩を

ふみ出しちゃったことは

 

ここに認めようかと思います。

先は長いからね。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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