実用的な愛、赦し

許せない出来事があるとき

許せない人がいるとき

その苦しさから逃れるのに手取り早い方法は

「理解」することだ

 

相手がなぜそういう行動をとるのかを

なぜそんな出来事が起こったのかを

理解すること

それは頭で納得させることではない

 

 

身体で、ほんとうの意味で

「わかる」こと

受け入れること

それは

自分の幅が広がるときにしか起こらない

 

 

つまり受け入れられなかったことが

受け入れられるようになることは

「自由」を獲得し

相手をも「自由」に解き放つだけではなく

人間としての幅が

器がひとつ、大きくなるということ

ひとつ人間の深みが、厚みがでるということである。
これに年齢はまた、関係ない。

 

 

 

「相手の立場に立つ」

は、頭で考えてできることではない。

 

 

頭で自分を納得させようと努力することは

そんなことは、やっても無駄だから
それならば許した気になって苦しむよりも

許さないまま苦しんだ方が

幾分かはマシだとわたしは思う。

 

 

 

「相手の立場に立って」

物事が見られるということは、

許せなかった行動を、自分もとるようになることを意味しない。

 

 

それはそれでオッケーなときももちろんあるが、

許せないときに多く出てくるパターンは

自分もそんな風になってしまうんじゃないかという強烈な恐れである。

 

 

わたしたちは、選択し続けることができる。

激しい抵抗とともに許すを選択することは

あなたをどんどん、おおきくさせて

磨いてゆく。

 

 

 

愛はより深く大きくなり

優しさや思いやりを携えて

そして自然と

「相手の立場に立って」

高い視点から物事を見つめることができる。

 

 

 

 

理解は、何層にも分かれている。

 

わたしのいう「理解」は

いつも

”腑に落とす方”であることを覚えておきなさい。

 

 

 

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