学び合う– Suliss Hatch Project – ④

学び合う:       

 

 

 

わたしは後ろめたかった。

 

 

彼女が何を抱えているのかは知らなかったが、

 

もう彼女の中ですでに終わっているのだとしたら

わたしにできることはないし、

 

自分の最善を尽くすことができても、

 

先につながっている前提で手を引ける部分と

 

またはそこで一度完結させるために伝えることは

異なってくる。

 

 

いつもどおり、彼女の他人に対するリスペクトは

最低レベルであった。

 

 

本来の状態で

相手に臨むとき、それは師弟関係だろうがクライアントとセラピストであろうが

赤の他人だろうが

 

相手を尊重するということが起こるが、

少なくとも彼女の中に長らくそれはないように見えた。

 

 

約束をして、守ることは

どんな小さなことであろうと

 

相手を思いやっていればできることである。

 

 

期日までに支払いをすることももちろんであるし、

セッションをすると決まっているならスタンバイして待つ。

 

急いで打ち合わせを終わらせて、

当日のセッションに対応しようとすると

 

「外出中です」

との淡白な返事。

 

わたしは呆れた。

 

 

 

 

 

彼女のセラピストとしての

ポテンシャルと資質として、相手の怒りを引き出すことにおいては一流である。

 

 

毎度わたしのクライアントさんたちや他のひとたちと

度々衝突してきている。

 

 

 

そこを、何としてでも

ぐいっと矯正しにかけて大事なことに気づいてもらうために

わたしは今まで幾度となく

その「弟子」と呼べるセラピストの卵に怒鳴り散らしたいのを我慢してきた。

 

 

 

わたしは別に、

厳しさを売りにしているわけではないのだが

 

 

彼女に於いては別であった。

 

 

 

とにかく、話を聞かないのである。

 

そのくらい、ゴーイングマイウェイな部分は

癒しがしっかり進んで本質が開花すれば、ものすごい人を惹きつけるエネルギーとなる。

 

でも、それが歪んだ形で出ているときには

周囲に不快しか与えない。

 

 

 

なんとかして彼女の耳に届け、そして
目を覚まさせるのに

 

生ぬるい言い方ではとても届かないことを

わたしはこの1年をかけて彼女と関わってきた上で熟知していた。

 

 

 

 

 

傍若無人と無邪気さを履き違えている目の前の彼女に

 

ていねいに、ていねいに言葉を選ぶ傍、

 

わたしの憤りは頂点を迎えた。

 

 

 

さきほど「自分を大事にする」と「自己中心的」を履き違えていると書いたが、

彼女は「無邪気さ」もまた、単なる「無神経」と履き違えており、

 

さらに付け加えておくと

 

「謙虚さ」と「卑屈さ」もまるっきり混同しており

 

 

 

いつぞやの情熱のままに

わたしのもとで必死になにかを吸収しようとしていた

キラキラ輝くエネルギーはまた、

 

淀んで沈没しているように見えた。

 

 

 

 

 

話し始めてわたしはもう

どこから手がつけていいかわからないほど

 

とってつけたような質問を繰り返してくる彼女に、

 

 

 

「そんな態度で臨むなら、ほんとうにクライアントさんに失礼だから

セラピストを辞めなさい」

 

と吐き捨てた。

 

 

 

 

 

もう、泣きそうであった。

 

 

 

 

 

 

わたしがセラピストになって

そして1番弟子だと名乗り出てくれた彼女が

 

どんどん自分を解放して

どんどん楽になっていって

どんどん人の痛みや愛がわかるようになっていって

どんどん人の話を聞くようになって

 

 

夏頃の変わり様といえば

わたしが目を見張るほどだった。

 

 

 

わたしの、セラピストとしての資質を

どんどん開花させてくれた、まぎれもない重要人物のひとりである。

感謝してもしきれないくらいである。

 

 

 

 

 

わたしが憤りマックスで

 

「今どれだけ態度が酷いか自分でわかる?」

 

と伝えても

 

 

彼女はきょとんとしていた。

 

私に対する怒りが見え隠れしているのは明らかだったが、

ぶつけてくれるならまだしも

 

 

表面的な言葉で取り繕っていることなど一目瞭然なのである。

 

 

 

 

喧嘩のようなやりとりが

チャット上でしばらく行われ、

わたしはこれ以上行くと自分が消耗するだけで何も産まないと思い

 

 

続行するか今日は辞めるかを尋ねた。

 

 

 

 

 

 

そして

彼女のすごいところは、

何事にも決してひるまないことなのであった。

 

 

わたしがどれだけ厳しいことを言おうとも、

どれだけ痛いところをダイレクトに突こうとも、

 

絶対にひるまないしたたかさがある。

 

 

 

それは実はものすごい巨大なエネルギーを持っていなければ

いとも簡単に潰れてしまうようなやりとりであり

 

もちろん彼女以外の人間に

 

「セラピストなんかやめちまえ!!」

 

などということはまずありえないのだが

 

 

わたしの口から出た言葉はそれであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

わたしは、

彼女に、どこまでも期待をしていたのだ。

 

 

そういう意味では、

自分にとっても脅威になる存在だったのだ。

 

 

 

影響力のある人間というのは、

自覚がなにより大事になってくる。

 

 

影響力というのは、よきもわるきも波及するのである。

だからこそ、自分を鍛錬することが
より人間として成熟して、多くを与えていくことが重要になってくる。

 

 

 

 

 

わたしのところに来るクライアントさんに

すごく多いのだが、

 

自分自身の持っている巨大なエネルギーや

鋭すぎる刃

持て余すほどの強い情熱や才能を

 

 

使いこなせなくて苦しんできているひとが非常に多い。

 

 

そういう人たちがそれを活かすことができるようになってくると

この世界の財産になる。

 

 

最近加わってくれたスタッフのひとりも、

 

天才?って思うような強みがあるにもかかわらず

癖があったり強すぎたりして

 

一般社会でなかなかスムーズにピースが合わないと

マイナスに見えてしまうことがあるらしい。

 

わたしやチームメンバーにとっては、救世主であった。

 

 

 

 

それをどう活かしていくかは、

とにかく自分の本質に向かっていきながら周囲を変化させていくしか

方法はないのである。

 

 

 

 

 

 

 

 

そして、彼女もまたそのうちのひとりで

 

そのカリスマ性や強いエネルギー、本来の魅力の

使い方を完全に間違えているのである。

 

 

それを、抑えて抑えて

なんとなくやり過ごそうとしているから

 

 

とにもかくにも不協和音が起きるのである。

 

 

 

 

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