学び合う – Suliss Hatch Project – ①

学び合う:       

 

 

 

 

 

 

 

わたしが、スリスハッチプロジェクトという、

セラピスト向けコースを立ち上げたきっかけは、
セラピストを志望していたひとりのクライアントさんが

私の弟子になりたいと言ったからでした。

 

 

それは、わたしがセラピストとして活動を始めてから

半年もたたぬ頃の、驚くような、出来事で

 

当時、とんでもないと恐縮した私は、

「まあ、一番弟子でもなんでも、お好きに名乗ってください」

 

と言いつつ、まだまだ自分だって成長過程なのに
責任をとるなんてとんでもないと感じ、

「弟子はとらないよ」と冗談で言いながらここまできました。

 

 

 

 

 

 

 

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わたしが「セラピスト」として生きていくのを決めたのは、

2015年の2月28日

いまから2年に満たない頃でした。

 

 

そこから使える資格をとるために勉強を始め、
数ヶ月経った初夏からモニターを取り始め、

そして秋頃に影響力のあるセラピストの方のおかげで
前に出るようになり、

年をまたぐ頃には、90分5万円のセッションで

クライアントさんに来ていただきました。

 

 

 

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私は、必死で

 

生き急いでいて

 

結果を出したくて

 

なんども転びながら、自分の成し遂げたい世界を構築するために

焦っていました。

 

 

 

そこから、色々な出来事を経験するなかで

否が応でも自分と向き合うことを続け

 

そして、なんどもなんども脇に逸れては本来の状態にリセットし

目標のひとつだった法人化を2016年の秋に果たし

 

そして最近ようやく、

望んでいた、チームで動き出す

 

ということが叶おうとしています。

 

 

 

「セラピスト」として生きるのに

会社や法人化は無関係です。

 

これはわたしが今後、やっていきたい展望を視野に入れた上で
無駄のないように最初から空っぽの枠だけ用意した状態であり

 

いまから話すことは、ひとりのセラピストとして

どんな想いでセラピスト向けのコースをやっているか

というようなことだと思ってください。

 

 

 

 

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一番最初に、スリスという名前を掲げて
セラピスト向けのセッションに臨んだのは、2016年の初春でした。

 

最初に書いたとおり、1月の時点で
わたしから何かを習いたいという人が現れ、

わたしは奢っていたわけではないけれど

 

より、レベルの高い、やりがいのある内容に踏み込んでいきたいと感じていました。

求められることに応えるために、自分自身が全力で
成長したいとそう思っていました。

 

 

昨日書いたような、(参考記事 感じるを取り戻せ

感情を解放する、ベーシックの初期段階を

丁寧にサポートすることも、ひとつの大切な仕事で自分の役割であると思っています。

 

 

 

でもそれとは別に、ものすごい幅広い層、一番初期の段階から、

そしてかなり進んだ段階までサポートできるような

 

そんなセラピストになりたいとそう思っていた。

 

これにはいくつか、理由があるのだと思います。

 

 

 

 

 

例えばあなたが何か、ヨガを習いたいと思ったときに

 

ヨガのヨの字も知らない段階

 

そのとき、講師になることのできるひとは、大勢います。

 

小さな町で一体その先生がどこで習ったのかよくわからないけれども

ひととおりヨガのポーズを教えてくれる人は、すぐに見つかることでしょう。

 

へえ、ヨガってこんなに楽しいんだ

ということを知るには、とても素敵な機会だとおもいます。

 

あなたは近所のジムの、短いクラスに週2回あるヨガのレッスンを受けることにします。

 

 

そして、初級クラスが難なくこなせるようになったとき

あなたは、住んでいる町のスポーツジムのクラスでは

なんとなく生ぬるい感じがしてきて

 

 

そしてちょっと足を伸ばし、1時間と少しかけて電車にのり

都会の中にある、ヨガスタジオに通うことになります。

 

 

ここの先生たちは、ひとりかふたり、
本格的にインドとか、アメリカとかを渡って学んできた

ヨガが本当に大好きなひとがいて

 

あとは、その先生から学んで資格をとったくらいの

先生たちによって成り立っています。

 

 

あなたは、ヨガが楽しいと思って

より深めたいと思ってそこに通い、もっともっと

たくさんのことを学びたいと思うようになります。

 

 

毎週そのスタジオまでせっせと電車に乗って通い、

そしてあなたの身体は変化してきて

 

今度はヨガの哲学だとか、もっと深い歴史についてとか

より、challengingなポーズに挑戦したくなることでしょう。

 

 

 

そしてついに、ヨガの講師になりたいなと思ったとき

選択肢はいくつかに分かれるとおもいます。

 

 

そのスタジオで、どの先生について学ぶのかいくつかは選択肢があるでしょうし

自分がこの人だと思うひとがいるなら、それでもいいし

 

そこにこだわりなく、

ひととおりの資格を取れればいい場合もあるでしょう。

 

または、より本場で学びたいと思い

はるばるインドまで、出かけていく選択をするかもしれません。

 

 

 

 

 

どれが良くて、

どれがダメで

どっちが優れていて、どっちが劣っているかということではありません。

 

 

これはそれぞれの役割であり

どの役割も大切で、それぞれの場所で必要とされています。

 

 

 

 

 

 

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どの段階で満足できるのかは

ひとによってまちまちですが

 

わたしが自分自身の経験からはなしをすると

わたし自身は、非常にめんどくさいことに

中途半端な段階では決して満足できない性分でした。

 

 

 

最初はもちろん、前向きに

ついた先生に対して全身全霊で何かを学ぼうとします。

 

 

 

でもしばらくすると、

あっというまに退屈になってきて
物足りなくなってきて

そして次の先生を探し始める。

 

 

 

どんなことを学ぶときも

いつもそんなことを、繰り返していました。

 

 

 

 

ヨガスタジオに関していえば、

2012年まで6年間住んだニューヨークの

マンハッタンのヨガスタジオをかたっぱしからわたり歩き

 

 

その中で先生の質がよくて

自分の心地のいい空間とコンセプトでやっているスタジオをひとつ、決めたら

 

ずっと、毎日そこに通い続けました。

 

 

 

 

そのスタジオにはJohnという長身で穏やかなおじいさんの先生がいて

わたしはその先生のクラスが大好きで

 

 

中級クラスも上級クラスも欠かさずに出て

 

 

そして

 

ニューヨークを経ったときから

 

 

わたしは他の先生のところでヨガのクラスを受けようとおもったことは

 

いまのところありません。

 

 

 

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