Père Noël ⑤

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出張に行った時に、クライアントさんたちからいただいたいろんな差し入れと、

プレゼントの数々。

 


 

12月22日、

わたしはじんましんの息子と一緒に遊ぶのではなく、

じんましんが少し治まった彼を保育園に預けて、

こともあろうに買い物に出かけた。

 

23日は祝日だったため、本人と一緒に過ごす予定だったが、

去年とは違い、もう少しだけ分別のつく年になったため、

一緒にトイザらスなどに行ったらカオスになることは目に見えていたし、

わたしはサンタクロースをやることに決めていた。

一緒に買うのでは意味がない。

 

「たったひとりの家族と一緒にクリスマスを祝う」と決めたわたしはまず、

生まれて初めて、クリスマスの飾りを買いにいった。

もう2日後に迫ったクリスマスの飾りは、すでに値引きをされている有様であった。

 

わたしは車を走らせてショッピングモールに出かけると、

息子の喜びそうなピカピカ光るボールとか、ツリーの形をした電気を

次々とカゴに入れてレジへ向かった。

ツリーもない我が家にとってそれは、とてつもなくささやかなものだったが、

それを自分が初めてやると決めた時点で、

名前のつかない種類の涙は溢れ続けた。

 

わたしは「おとうさん」のいない我が家に対して、何の引け目も感じてはいなかった。

十分わたしも彼も幸せだと、そう思っていた。

クリスマスの飾りなどなくても、別に毎日幸せならそれでいい。

 

保育園でいろんなことを学んでくる年。

サンタクロースが何者か知っているのか知らないのか、

彼は「サンタさん」と言えた。

 

 

買い物に出かけたその日、

1日中 “お金” と向き合うことになるとは、その時は想像もしていなかった。

 

今まで欲しいものを躊躇なく買うことを訓練してきて、

高額な買い物にも慣れきっていて、

外食をすることも洋服を買うことも、なんてことはなくなっていた自分が、

あれほどまでにお金を使うことが恐怖だったのは、

この数週間、

人と人との間のお金のやりとりについて、徹底的にあぶり出しにかかっていたからだろう。

 

食料品売り場でケーキでも作ろうか迷いながら、

久しく焼いていないお菓子のことを想った。

一切連絡のなくなった彼のために、ご飯をつくったりお菓子を焼くことを

いつかささやかに望んでいたわたしだったが、

そういうことをするのもずっと躊躇われていた。

 

わたしは手紙を送りつけたり、毎日メールを送りつけたり、プレゼントを送りつけたり、

それはもう過剰なまでに重たくなっており、

手作りのお菓子とかごとかいうのは、わたしにとって最後の切り札というか、

もっとも聖なる行為でもあり、

それをしたらもう二度と取り返しがつかないことを、わたしは知っていた。

 

わたしはいろいろなことを恐れていた。

彼に何かをすることも、喜んで何かをプレゼントすることも、

何もかも。

 

そろそろ見返りを求める愛し方を卒業して、無償の愛で、

そして3次元的な、物質的なもので愛情表現をする今までのやり方からも次の段階に行こうと、

ようやく思い始めていた。

 

そうしたら自然と、自分がいかにケチくさかったかが、

息子のおかげでどんどんどんどん見えてきて、

わたしは素直に、好きな人にお菓子を焼きたくなった。

 

嫌がられてもいいし、重たいと思われてもいいし、迷惑だと思われても、

それでもいいから、

自分がしたいことを損得勘定なしでやること。

素直に損をすること。

 

いつもクライアントさんに言っている言葉を、自分の胸に突き刺して、

チョコレートを食べることをいつか間接的に知った彼に、

チョコレートの入ったスコーンでも焼いて送ろうと思った。

 

最愛の息子のBIGサイズのミッキーのおむつと、

大袋のナッツと、スコーンに合いそうなチョコレートをカートに入れて、

涙と鼻水でずるずるになりながら、ついでに自分のコーヒーゼリーも買って、

インテリア店へと移動した。

店に入るや否や、わたしはクリスマスの飾りやら、

放置してあったカーテンのない部屋にかける布やら、クッションやら、

家の中をちゃんと整えるために必要なものを次々カートに入れた。

できるかぎり無心になろうとしたが、値札を見て吐き気が止まらなかった。

 

一泊5万円するホテルは難なく予約ができるのに、

たった1500円くらいの、20パーセント引きになったツリーの置物を買おうとしただけで、

恐怖が襲った。

 

何が何だか分からない心地のまま、目隠しをしながら川に飛び込むようにレジに向かい、

ピッ

ピッ

と次々、合計金額が上がっていく様を眺めた。

総額で4万円くらいであった。

卒倒するかと思うのを隠して、冷静にクレジットカードを出した。

あんなにも怖い買い物をしたのは久しぶりであった。

 

あまりに疲れて、そのあとで昼食を取るも、

普段気にも留めない数百円の違いが気になりながら、飲食街の店に入り、

980円とプラス税金のランチを食べた。

一円でも消費することが、死ぬほどゲロゲロした。

 

わたしの中に、答えはそろそろ、見え始めていた。

 

 

わたしは「許したいひと」の名前を、

昼食が運ばれる前に、ノートに書き連ねた。

そこには、すでに分かりきっている「いま好きな人」の名前の他に、

支払いの済んでいない3人のクライアントさんの名前が並んだ。

“お金” にまつわるすべてをゆるし、癒し、前に進む選択をする時が来ていた。

 

そして一番上に並んだ2つの名は、紛れもなく、

養育費の問題で最後まで泥沼だった、息子の実父と、

その実母、息子のもうひとりのおばあちゃんであった。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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