エフィアス浄化祭終盤

Version 5

ここ数日またこんつめてるのでかなり消耗中。

そろそろ終盤にさしかかってます。なにをするわけでもなく。

オエオエ。

 

 

愛情と愛の間にはまって身動きがとれなかった場所から
とにかく抜け出すためにできた数々の傷。

 

 

ごそっと谷から上がるあとは
なじむまでに時間はかかり。

 

もう耳にタコができるほど ”3次元”を突きつけられて、

ズタズタ。

 

 

愛の次元を上がってゆく、

そこばかりは自分のテーマであるがゆえになのか、

他の側面よりも本当に時間がかかってここまで来ている。

 

大事にしているところこそ、

余すところまでもうこれ以上は学ぶことはないというところまで

やり尽くさなければ気が済まない。

 

 

誰のために「愛する」を選択しているのか。

 

そのなかに含まれた不純物は

全て自分で見渡せているだけに、改めて

その不純物について一から10まで説明されることほど

酷なことはない。

 

 

始終吐きそうであった。

 

 

「わかってる」

 

 

自分の未熟さについて

痛いほど知り尽くしているだけに、

 

それを突きつけられるときは

言葉を失うしかなかった。

 

 

 

そのくらいヘドが出るような体験をしない限り、
次にいけないらしい。

 

何かがスカッとすがすがしく生まれ変わったような
感覚になる上昇もあれば

 

こうしてジリジリ時間をかけて
火にあぶられるようにして這いずるときもある。

 

 

なんども繰り返し確認させられて、

自分の見落としているところを探すが

いやというほど失敗を重ねてきたわたしにとって

 

自暴自棄になることはもうないように見えたし

素直で正直でいることも、今更問題はなかった。

わたしは自分の非に、溝に誰よりも早く気付いていた。

 

静かに座って、抓られるような痛みに耐えることで

たしかに何かはゆっくりと

変容を遂げている。

 

 

自分に酔いしれて留まる段階も過ぎた。

苦しんで頑張っているつもりで無駄な時間を過ごす段階も過ぎた。

 

真実ではないことに囚われて問題を履き違えている自分にも

大切にしたいものを、自分の手で陥れていることも

自分で自分の首を締めていることも

 

なにもかもよく見えた上で
本当の意味で理解するのには時間が必要だったと思う。

 

 

自分の知っているやり方で、越えられることは
自分でやり尽くしてきた。

 

 

つまりは新たに、いま”知らないこと”を
なんとかして”知る”段階にいる。

 

 

その方法はわたしには計り知れない。

 

 

 

知らないが、

やるしかないのだ。

 

 

 

 

 

前に進まないなら、

今いる場所に留まるか、後退するしか道はない。

 

 

もう十分だと思う。

 

 

 

 

 


PS
この前のTさんとのデート、最高に幸せでした。。(涙
ちょっとノロケ話になりますけど、彼、出張前日に前倒しできてくれて、二人が大好きなイタリアンでご飯食べて、一緒に同じ部屋に帰ってお風呂に入って、クリスマスだからってシュトーレンとワイン用意してくれてて、jazz聴きながらクイーンサイズのベッドで朝まで過ごせました♡翌朝はモーニングコーヒーからのバイト先まで送ってくれて、もう会えないかなーと思ったら、夜も時間作ってくれて、スカイツリーデートしちゃいました♡しかも満月だったんです♡
もうなんというか人生って、苦しんだ後は、同じくらい幸せな時間を過ごせるんだなぁって、、感動しました。
愛ってすごいですね。
愛を感じられる状態に戻してくれて、本当にありがとうございました!

K

 

 

 

 

 

 

すべてのひとが、すべての生きとし生けるものが

あるべく姿に戻っていって

「愛」に目覚めていくことを手伝う。

 

 

それがわたしのやりたいこと。

やりたいことというよりかは、やらなくてはいけないこと。

 

 

 

 

 

そしてわたしは、

”誰か”のために造りこまれた”愛する”を演じることから

ようやく離れる。

 

 

 

眠ろう。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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