”不法投棄”SOSを見落とす

 

クライアントさんにはいろいろいて

上手にSOS を出せるひとと、そうじゃない人がいる。

 

 

セッションを

ちゃんと必要なときに必要なタイミングで申し込める人は

わたしは心配せずに放置している。

 

 

自分で必要な判断のもとお申し込みがあるから

そのときにキッチリフォローしていけるので、私はそういう方は

ほぼ心配せずに、ただ泉に来られるのを待っているだけでいいから

とても楽だ。

 

 

このように、次第に変化が進み、

自分の状態を微細な部分までキャッチできるようになってこれば

その辺は心配いらないのだが

 

 

問題は、

どうしても助けが必要で、どうしても泉に飛び込みたいのに

躊躇をしている段階であったり

 

苦しくなったときに上手にSOSを出せない段階である。

 

これは、本人に自覚がある場合とない場合があって

逆のパターンもある。

 

 

自立に向かって、ある程度自分で課題を処理できる段階にいく手前で

甘えが出て依存してしまうような場合。

 

そういう時のSOSには私は容赦ない。

ぴしゃりと、泉までの森を塞いで

必要なときにだけ道をあけるようにしている。

 

「本当に」必要なときに間違いなく開いている泉

 

それがこの場所なのだ。

 

そのときは、本人がSOSを投げても

わたしは投げ返すこともある。

 

 

 

 

そして上に書いた、問題は

 

本当にSOSを出す必要があるのに、本人が自覚ないまま

上手にそれが表現されていない場合である。

 

 

今定期で受けていて、半年以上にはなる方がいるのだが

最初の入りは非常にややこしかった。

 

泉に片足をつっこみ、全速力で逃げていき、
おそるおそるまたやってきては

必要なさそうなそぶりをみせる、

 

そんな状態で

 

まだ、準備を整えているのだな、

くらいに思っていた。

 

 

 

 

そしてある時期についに、

ぶつくさいいながら泉にやってきて、

なんとかしたいと、言うのだが

やっぱりぶつくさ不法投棄をするので

 

わたしはやっぱり、

 

待っていた。

 

 

 

 

泉には、なんでも投げ込んでくださいね

と私は常々言ってきた。

 

 

近況報告、自分が整理するためのメッセージ

気づきや、感謝のメール

 

なんでも嬉しい。

 

返事が欲しい場合はその瞬間からセッションになるが、

勝手に投げ込むのは問題はない。

 

 

 

「不法投棄」とは、つまりは正式なセッションとは別に

という意味ではあるのだが

 

 

彼女のしていた投げ込みは、

まさにある意味、「不法投棄」であった。

 

 

 

心の準備を整えている人は、見てわかる。

 

お話会に数回足を運んだりとか

ときどきコメントをくださったりとか

 

一度は申し込んでは見たけれど、

キャンセルされたりとか、いろいろ。

 

 

そこにいちいち目を光らせているほど女神も暇じゃないので、

それは本当にタイミングに任せているのだが

 

 

ある日、その続いた不法投棄に

ふと

 

投げ込まれたゴミに

ふと

 

 

目をやってみると

 

 

そこには、痛々しいほどのSOSが、

書かれていた。

 

 

 

わたしはびっくりして、

届いていたメールを最初から遡って

読み返すと

 

 

一度も「セッションに申し込みします」とは書かれていないのに

 

「助けて」

「助けて」

「助けて」

「助けて」

 

 

 

と「助けて」以外の言葉を使って、

書かれているではないか。

 

 

 

わたしはびっくりして、

彼女に連絡をした。

 

 

というか、新たに組むことにした

長期コースに、無理やり引きずりこんだ。

 

 

 

 

みんな素の状態に戻るまでは

たしかにこじれて、ひねくれているには違いないのだが

 

その人に関していえば

非常にひねくれ具合が厄介で

 

ああしてもこうしてもそのネジリは取れるどころか

強化されていくので

 

 

最後諦めて、

 

もういっそのことこちらからねじってやろうとすると

 

「ああ、きもちいい」と言った具合に。

 

 

 

 

 

わたしはそのSOSを見落としたことに、後悔した。

なんでもっと、早く気づいて手を差し伸べられなかったのかと

悔やんだ。

 

 

そのくらい、彼女は苦しんでいた。

 

でもこういう書き方をするのを彼女は嫌がる。

 

 

「わたしは楽しいんです」みたいに。

 

 

 

 

SOSの出し方みたいな内容の記事を

何度か書いているが

 

 

いろいろなパターンがあって、

受け取る側にも心構えをもって

その変化球に対応していく必要があることもあることを

 

わたしはたくさんのクライアントさんの

様々なSOSを通して学んでいる。

 

 

必要なタイミングで、必要なサポートを得られること。

 

 

それはもう、わたしたちのSOSの出し方ひとつにかかっている。

 

 

セッションは基本、

お申し込みいただかない限りは発生しない。

 

 

 

でも目の前にいるひとに

 

今この瞬間なにが必要なのかがわかるのが

その本人ではなく私の方だった場合は、

 

遠慮なく、勧めさせてもらうし、

 

先ほどの彼女のようなパターンであれば

 

 

「支払いに10年かかってもいいから

今すぐ泉にきなさい」

 

と言い捨てる。

 

 

 

必要なタイミングで、それは必ず起こるようにはなっているのだが

不必要にプロセスを遅らせたり

不必要に無駄なプロセスを生むことは

 

わたしは意味がないと思っている。

 

 

 

そこで必要なのは、

不法投棄をしてでも

なんとかしてSOSを差し出す勇気と

 

こちらの上手なパスに、適度な刺激

そしてキャッチするアンテナなどを駆使して

 

”起こす”

ベストなタイミングなのだ。

 

 

 

 

今日もわたしは泉で特定のひとがくるのを待っている。

それは今まだ見ぬあなたかもしれないし、

 

すでに会っていて

 

わたしのなかで

「いつ来るかな」

ともう決めているあなたのことかもしれない。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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