fの記憶

わたしは若かった。

職場まで歩いていける距離の、その高層マンションの20何階だかの部屋に短期で入ったとき

その部屋を出て旅を続けると言ったのが、

生真面目で優しくて、キュートな顔をしたスエーデン人の男の子だった。

ほとんど英語が話せなかったわたしにとって、北欧訛りのスッキリした第二外国語としての英語は、易しかった。

「男のコ」と書くには理由があって、とりたてて彼が若かったとか可愛かったとかではなく、単にそこまで彼のことが好きではなかっただけである。

わたしは若くて傷ついていて、光化学スモッグに塗れた高度経済成長期の日本のような、
中国上海での夏の、出来事だった。

 

その男の子はわたしに惚れ込んだ。

理由は分からなかったが、バカで純真無垢な欧米人コンプレックスのアジア人女子というのは
とにかく可愛いがられるものだ。

残念ながらわたしはそこまで純粋ではなく、ただただ英語の勉強に好都合だった、むしろ優しくてバカで純真無垢な北欧男子を利用したのである。

 

外国では全てが夢物語に思えることはよくある。

世界中を旅して地に足のついていない若者と、
自分探しに没頭しながら迷走し続けている若者が外国でひきあえば、恋に落ちるのは決まっているものである。

 

わたしたちは夏の終わりの

壊されるのを待っているだけのような
旧い城壁と低い建物の間を

縫うようにして歩いた。

彼はわたしのことを大切にした。

 

1回か2回、大して気持ち良くもない
渇いたセックスをして、

そのうち彼はどこかへいなくなった。

 

 

わたしはもともと寂し過ぎるハートを抱えていたには違いないが、彼が去って悲しかったような記憶はひとつもない。

 

その短い夏の世界中から集まった、小さな男女のコミュニティは意外にも縁が深く、今思い返しても良い人間ばかりだった。

 

同じマンションに住んでいた身長が2メートル以上ある田舎臭いアメリカ人が、

わたしといなくなった男の子の共通の友人で

あとから

 

「あいつがあんなにも女に入れ込んでいるのを見たことがない。本気で好きなんだな」

と言っていた。それもまた、麻痺した罪悪感を撫でるほどにも至らぬほど、わたしには響かなかった。

 

魂が生まれ変わる時、

繰り返して同じメンバーが同じコミュニティに現れたりすることはよくあるようだ。

 

短い夏の記憶は、もしかしたらそれもまたずっと昔から続いていたのかもしれない。

ほとんどが外国人だったその友人たちは
次は台湾へ行くと言って

そのうちメンバーは散り散りになって

やっとそこで、

淋しくなったわたしは

アパートを移ることにした。

 

 

 

当時好きだった人から、

「引越しビンボーって本当にいるんだな」

と嫌味を言われた。

 

 

 

 

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