こんな風に笑うわたし

 

 

いつからか、自分が思い切り笑う顔に自信がなかった。

それはきっとくしゃくしゃで、みっともなくて
時々いるような、「笑顔」のあんまり可愛くないひとなんだろうと

なぜかそうずっと思っていた。

 

 

 

15年ほどまえの大学時代

わたしはほんとうにこじれていて、

常に世界を斜めにしかめっ面で眺めていた。

 

いつもツンと嫌味な感じでふるまっていた私に、こわごわ話しかけて
わたしがそのままで笑ったとき

当時の同級生はそのギャップについて

 

「”天使の笑顔”はこういうことを言うのだと思った」

と表現した。

 

 

わたしは、そう言われて戸惑って、

自分がどんなふうに笑うのか、

やっぱり知らなかった。

 

自分の姿を、そのままの姿を切り取られることに対する
とてつもない恐怖を

感じながら撮影に臨み

 

その殻を今回、破りたいのだと

そのために来たのだと

 

セラピストの友人で
フォトグラファーの英司と
古い友人のデザイナーのfurutaに静かに打ち明けた。

 

二人は私の話をきいて、なにもいわずに理解して頷いて、

 

 

「ひと」を被写体に撮るのが初めての英司も、
セラピストふたりが無謀なチャレンジをしようとしているのを脇目に

ファッションにスタイリングに撮影に、長年の経験から
仕事のできるfurutaはヒヤヒヤしながら見守り責任を感じながら

 

全員がよちよち緊張しながらの1日目であった。

 

「表情が硬いね」と古い友人のfurutaは言った。

 

わたしは自然な表情がどんなものか

カメラを向けられた瞬間に、

よくわからなくなった。

 

 

 

 

 

そして1日目がすぎ、

2日目の朝

 

儀式に入り、それを終えたとき

 

 

わたしたちの間にあったすべての緊張感と壁は崩れ

わたしは殻を破り

 

 

「そのままの自分」がどういうものなのかを

息が止まるほど、息を止めるほど

 

味わった。

 

溢れるほどに、苦しいほどに、自分に還り続けた3日間であった。

 

 

 

 

3日間台風と雨の予報だった沖縄は

 

わたしが到着した瞬間に晴れ上がり、
撮影場所についた瞬間に雲はいなくなり、

空はずっと、青いままだった。

 

 

そしてすべての儀式を終えて

家路につこうと飛行機に乗り込んだ瞬間に、

送り出すようにして空は暗くなり

 

待っていましたといわんばかりに雨は降りつけるのだった。

 

 

 

 

 

2日目の特別な時間を終えて

最後の帰る直前

 

furutaが携帯で収めてくれた、わたしのそのままの姿

 

 

 

 

 

 

 

わたしはどんな風に自分が笑うのか、

知らなかった。

 

 

動画を見て、

 

 

わたしは自分が、

こんなに楽しそうに笑って

 

こんなに幸せそうにしているのを

初めて見たような気がした。

 

 

 

 

膨大な量の写真をデータチェックしながら
いまいちどなみだをにじませている夜です。

 

 

 

Thank you so much to all
Hideji, Furuta and Tao who have been supported me for fully three days in Okinawa.

Commentする

投稿時メールアドレスは表示されません *は必須です